【書評】『メディア・リテラシー〜世界の現場から』(菅谷明子:岩波新書)

Date: 2018.08.30
Category: 広報/PR全般
Written by: 梅下 武彦
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フェイクニュース、ポスト・トゥルース時代と言われる今日、もし、メディア・リテラシーについてあらためて考えたいあるいは入門書的な本を読みたいと思っている人がいるなら、私でしたら本書を薦めます。2000年に発売された新書で今日となっては古い本ですが、すでに18刷も版を重ねているほどのロングセラーなので、もちろん既読の人が多いことは重々承知しているのですが、今回はあえて本書をご紹介いたします。

新刊でもなく新書では平均的なページ数(230ページ)ですが、本書はイギリス、カナダ、アメリカの3カ国の現場に出向いて直接取材や調査やインタビューするなど、完成までに実に5年もの歳月を費やしています。

本書もマーケティングや経営戦略の著書などと同様、海外の事例しかも20年ちかくも前の話だという人がきっといるであろうことも理解しています。もし、その最新情報だけを知りたいのであれば、ほかにも著書はあるでしょうし最近の雑誌の特集号などを探すのがよいでしょう。

しかし、ただ最新の情報や知識を取得することが目的ではなく、その考え方そのものを学びたいのであれば、本書はその期待に十分に応えるだけの内容です。

この新書はいわゆるルポルタージュで、論でもなく体系的に書かれているわけではありませんが、内容はいま読んでも示唆やヒント、学びが詰まっています。世界の先進的な教育現場などではメディア・リテラシーにどのように取り組み、実際どのようなことが行われているのか。本書を読み進めていくうちに、読者はあたかもそれらの国々に視察に出かけているかのように感じる人もいることでしょう。

ですから、本書を読み終わるころには、読者もメディア・リテラシーについての本質的な考え方がきっと身につくでしょう。こういえばわかりやすいでしょう。私たちが歴史学を学ぶのは、歴史に関する知識を多く取得することより、歴史学的なものの見方を身につけることが真の目的であり、そのために必要な範囲内での知識なのだと。知識の多寡や新しさより(それはそれで重要なことではあるのですが)、その考え方(視点)を身につけることこそがその本質なのだと。

著者について

著者の菅原明子は、在米のジャーナリスト。カナダ留学を経て米ニュース雑誌「Newsweek日本版」に勤務したあと、米国コンロビア大学大学院にて国際メディア、コミュニケーション修士号を取得。

現在は、ハーバード大学ニーマンジャーナリズム財団の役員。日本でも、東京大学、早稲田大学、武蔵野美術大学などで非常勤講師なども務めました。

本書以外には、同じ岩波新書から『未来をつくる図書館〜ニューヨークからの報告』と、著作は2冊があるだけです。

また、私はうかつなことに知らなかったのですが、著者のご主人はMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの副所長の石井裕なのです。

メディアを媒介した「事実」

テーブルの新聞紙

著者も、長らくニュース(ジャーナリズム)は現実を客観的事実に基づいて中立公平に伝えているものだと信じていました。しかし、「Newsweek日本版」に携わり世界各国のメディアを読み比べたことで、同じ出来事を報道するにもその内容や論調が異なることに気がついたと以下のように語ります。

“自分で記事を書くようになると、それはとんでもない間違いだということに気がついた。こんなことを言うと無責任だと思われるかも知れないが、取材先をどこにするか、コメントのどの部分をどう使うかを変えるだけでも、「現実」を変えることが簡単にできる。”

私も学生時代(1970年代)に同じように感じたことがあります。それは、たまたま聞いていたあるラジオ番組で、欧州最大の発行部数を誇っていた西ドイツ(当時)の有力週刊誌「シュピーゲル」の東京特派員の発言に接したときです。

そのころ(1970年代)は、まだ米ソ冷戦時代でたとえばソ連(当時)に10のニュースがありそのうち7つが良いニュースで3つが悪いニュースだった場合、その3つの悪いニュースを報道するのが西側のメディアなのだと。当然ながら、ソ連側ではその反対のことつまり西側の悪いニュースを取り上げていると。

この状況は、互いの陣営や体制(民主主義と社会主義)が、いかに素晴らしくすぐれているのかを宣伝し合っているようなものです。

また、欧州の新聞各社は保守系、左派系など自社メディアの立場を明確に表明していることも、恥ずかしながらそのとき初めて知りました。中立公平(不偏不党)を装いながらも、その実はときの政権や特定の政党よりだったり反政権の立場だったりする日本のメディアとはずいぶんと異なっているのだなと。

私たちが「事実」や「現実」と思っているニュースは、あくまでも<メディアを媒介した事実>なのだと著者も主張しています。もちろん、すべての現場に立ち会うことはできませんのでそれはやむを得ないことです。報道する側にかりに「特別な意図」がなかったとしても、伝える側の価値観や判断基準が無意識的に作用してしまうものだと理解することが重要なのです。

メディア・リテラシー(教育)とはなにか

リテラシーの授業

メディア・リテラシーという表現はおもにアメリカで最近になり使われだしたもので、その発祥の地といわれているイギリスや先進的な取り組みが行われてきたカナダなどではメディア教育というのが一般的です。メディア大国のアメリカでは、その取り組みが本格化したのは意外なことに1990年代に入ってからのことで、後進国だと発言する人もいるほどです。

メディア・リテラシー(教育)について、著書は以下のように述べています。

“ここで言うメディア・リテラシーとは機械の操作能力に限らず、メディアの特性や社会的な意味を理解し、メディアが送り出す情報を「構成されたもの」として建設的に「批判」するとともに、自らの考えなどをメディアを使って表現し、社会に向けて効果的にコミュニケーションを図ることでメディア社会と積極的に付き合うための総合的な能力を指す。”

批判的(クリティカル)というのは、日本ではどうしてもネガティブな意味やイメージだけが語られますが、著者がここでいうそれについては次のように説明しています。

“随所で「批判的」(クリティカル)というメディア・リテラシーの基本的な考え方が紹介されるが、ここでいう「批判的」とは、日本語で言う「(否定的に)批判する態度・立場にある様子」(岩波国語辞典)といったネガティブな意味合いではなく、「適切な基準や根拠に基づく、論理的で偏りのない思考」(『クリティカルシンキング入門編』E・B・ゼックミスタ、J・E・ジョンソン著、宮元博昭ほか訳、北大路書房)という建設的で前向きな思考を指している。”

ちなみに、メディア・リテラシー全米指導者会議(1992年)では、「多様なコミュニケーションにアクセスし、分析し、評価し、発信する能力」と定義しています。

両者の視点で共通しているのは、メディアの情報を分析、理解あるいは読解するだけではなく、自らが表現(情報発信)する点をも含んでいることです。

世界のメディア教育の実情

授業中の生徒と先生

本書では、イギリス(第2章)、カナダ(第3章)、アメリカ(第4章)で、各国のメディア教育などを具体的に紹介しているほか、国際機関の取り組みやその流れも織り交ぜながら記しているので、メディア教育史としての概要把握にもなります。

内容の多くが現場レポートに費やされているのは、メディア・リテラシーというのは新しい領域であり、日々変化していることもありますし、そうした最新の現場つまり一次情報になによりも直接あたるべきだと著者が考えているからです。

メディア・リテラシー(教育)発祥の地イギリスでは、すでに1930年代からその実践と理論的研究の両面で発達してきました。カナダは、1970年代から教育現場の教師たちの活動に促されるかたちで、1989年にはメディア教育が正式にカリキュラムに加えられました。アメリカでは、1994年にニューメキシコ州の高校で初の正式なカリキュラムとなりました。

また、学科としては国語の一部として教えられることが多いのですが、他の教科での学習あるいは独立した選択科目として教えているケースもあります。しかし、それは単に文章の読み書き(識字)能力だけを指すのではなく、近年では積極的に映像なども使って学習が行われています。

それというのも、メディアが生活に不可欠な現代生活では、おもに映像から影響を受ける傾向が強いからです。とくにスマートフォンを日常的に肌身離さず持っている10代は、「スクリーンエイジャー」(イギリスの未来学者リチャード・ワトソンの表現)と称されるほどだからです。

各国の現状を知ると、メディアについての歴史や発展形態(印刷から映像など)など、メディアについて情報(知識)として理解することだけではなく、より重要なのは様々な立場やケースの学習を通じ、メディアを媒介した「事実」がどのようなものか、その考え方(視点)を身につけさせるような教育手法や学習方法が主体となっていることです。

メディアへの信頼度が高い日本

テレビのミニチュア

日本は世界的にも新聞やテレビへの信頼度が高い国として、メディアなどの報道でもよく目にするので、そうした事情はみなさんもよくご存じでしょう。それは社会として、メディア情報を鵜呑みにしやすい傾向ーー無防備に受け入れるまたは信用するーーということです。

よく代表例として持ち出されるのが、若者とくに10代の犯罪が増加しているという情報です。内閣府の『少年非行に関する世論調査』(2015年)で、国民の約80%が「非行は増えていると思う」と答えているのですが、実際の統計結果はその逆で少年非行はむしろ減少しているという事例です。

これなどは、新聞やテレビの格好の題材でことさらセンセーショナルに報道ーーとくにワイドショーなどで番組コメンテーター(識者のはずなのだが)の発言ーーに加え、ある政治家の若者の犯罪が増えているという趣旨の発言をメディアでも取り上げることなども要因でしょう。そうした発言をした人の言うことは事実か、なにを根拠にしているかなど調べたり確認したりせず、日常的にニュースなどに接しているといわれてみればそうしたイメージがあるなと思い込んでしまうことが指摘されています。

本書での各国の実情や取り組み、それも政府や自治体が主導するものから、現場の教育者が実践しているケース、市民団体、NPOや草の根的な活動を行っていることなどを知るにつけ、2018年現在の日本のメディア教育はあまりにも遅れている(貧困)と誰もが不安を持つのではないでしょうか。

オンライン・ニュースメディアの現状

最新動向レポートのニュース

第4章は、「デジタル時代のマルチ「メディア・リテラシー」についてですが、1995年以降、おもに米国が牽引するかたちで急速に一般に普及したインターネットについて記しています。もちろん、冒頭にも述べたように刊行時のことを勘案すれば、今日のソーシャルメディアやスマートフォン、フェイクニュースあるいはポスト・トゥルースなどについて言及されてはいませんが、そうしたことを割り引いても本書の価値が損なわれることはまったくありません。

ところで、最近の人たちは新聞を読まないしテレビも見ないといわれますが、ニュースに接触する時間はむしろ増えているように感じます。

それというのも、ソーシャルメディアとくにニュースメディア(Yahooニュース、Googleニュース、SmartNewsなど)や多種多様なまとめサイトなどが貢献しているように思います。

ここで、最近の海外のオンラインメディア動向について少し確認しておきましょう。

海外大手によるオンライン・ニュースメディアでは、「ウォールストリート・ジャーナル」と「フィナンシャル・タイムズ」が有名ですが、新興勢力では、『フィルターバブル』で知られるイーライ・パリサーが設立した「Upworthy」、元ワシントンポストのエズラ・クラインが立ち上げた「Vox News」、NSA(アメリカ国家安全保障局)の盗聴に関しての資料を暴露した「Intercept」、ビジネスメディアとして人気が高くネイティブアドでも有名な「Quartz」(NewsPicksを運営するユーザベースが、先ごろ同社を買収したニュースにはビックリ)、そのほかにテクノロジーライターが立ち上げオンライン・ジャーナリズム・アワードを受賞した「Recode」など、実にダイナミックで多様な動きが見られます。

本書がすぐれているのは、メディア・リテラシーについて単に知識や情報として著したのではなく、著者が5年の歳月をかけて取材や調査、インタビューなどをしてきたプロセスが綴られ、その過程で著者がメディア・リテラシーについて考えを深めていく様子を読者も追体験できることです。

本書は、玉石混淆(残念ながら石が多い)の新書なかでは、じっくりと発酵された本です。できれば、著者にはその後のソーシャルメディアやスマートフォン時代を迎え、ますます急務となっているテーマでもあり、そうした現状を踏まえた最新事情を追跡取材した新版ないしは続編を著してもらえたらと願わずにはいられません。

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