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【書評】ゾーンマネジメント〜破壊的変の中で生き残る策と手順

ジェフリー・ムーアの最新刊。破壊的イノベーションが常態化の今日、「キャズム理論」で著名なムーアは、もっともビジネスパーソンに読まれているひとりでしょう。
前回のクリステンセン教授と同様、ムーアのこの著書もページをめくるたびに多くの示唆に溢れています。

『キャズム』(原題“Crossing the Chasm)の初版が刊行されたのは1991年、第2版は1999年(初邦訳版)、第三版は2014年(いずれも原著)に刊行され、この原著第三版も「増補改訂版」としてすでに邦訳されています。また、その続編ともいうべき、『トルネード〜キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング戦略(原著1995年刊:Inside the Tornado、邦訳:海と月社刊)も刊行済みです。

【書評】ゾーンマネジメント〜破壊的変の中で生き残る策と手順【書評】ゾーンマネジメント〜破壊的変の中で生き残る策と手順

『キャズム』は、スターアップ企業が市場で顧客を獲得するさい、アーリーアダプターを超えてアーリーマジョリティへと進展するときに直面する問題(キャズム)をテーマにし、今日では同書も経営およびマーケティング戦略において、クリステンセン教授と並んで“古典”となっています。

ところが、2001年の米国ドットバブル崩壊は、そうした破壊的イノベーター側から破壊される側(レガシー企業)への視点という大転換をムーアにもたらしました

そうした関心から『ライフサイクルイノベーション』(原著2005年刊:Dealing with Darwin、翔泳社刊)、『エスケープ・ベロシティ〜キャズムを埋める成長戦略』(原著2011年刊:Escape Velocity、邦訳:翔泳社刊)へと続くわけですが、その延長線上にある最新刊が本書です。

この『ゾーンマネジメント〜破壊的変化の中で生き残る策と手順』(原題:Zone to Win〜Organizing to Compete in an age of Disruption、原著2015年刊)は、ムーアと世界的な企業2社、セールスフォース・ドットコムならびにマイクロソフトとのコンサルティング・プロジェクト(協業と対話)に携わり、効率性と革新性というどの企業にとっても最重要かつ困難な課題に取り組み、実際にそうした混沌としたビジネス現場での実務経験から得られた知見に基づき、現在に必要な経営戦略ならびにマネジメント手法の書として著されました。そのセールスフォース・ドットコム会長兼CEOマーク・ベニオフが序文を寄せています。
この新刊はムーアの本としては薄く(200ページほど)、手にした厚さは新書版なみにコンパクトです。

第1章では、今日の破壊的イノベーションと既存中核ビジネスの維持という難題を解消するために指南書として執筆されたことを語り、第2章では4つのゾーンマネジメントの概略、第3章から第6章までが各ゾーンについての詳細、第7章が年次計画への適用方法、第8章がセールスフォース・ドットコム、マイクロソフトのケーススタディという構成です。

また、邦訳はこれまでにもムーアの原著をいくつか翻訳し、イノベーションなどにも詳しい訳者の手になるもので、そうした点でも読者に安心感を与えるでしょう。
なお、本書の文脈における“レガシー企業”というのは、既存中核ビジネスで市場において地位を確立している企業すべてのことで、必ずしも一般的に歴史や伝統ある古い企業だけをさすものではありません。

本書は、企業の経営にたずさわる人たち、とくに新規事業や経営戦略の担当者はもちろん、投資家(エンジェル、VC、CVC)やコンサルティングファーム、さらにはマーケティングやHR/HCM部門などの人たちにも、破壊的イノベーション時代を乗り切る書として多くの示唆やヒントが詰まっています。

「プライオリティの危機」と「ゾーンマネジメント」における2つ視点

ディフェンダー

スピードと破壊的イノベーション、それこそが今日のビジネス環境の特徴だとムーアは語ります。

企業は2つの大きな課題を抱えています。1つは、イノベーションの波を捕まえること、2つめは既存(中核)ビジネスではそうした波に捕まらないように防ぐことです。しかし、ほとんどの企業は自社の中核ビジネスに、破壊的イノベーションからなんらかの影響が出始めたとき、自分たちも変革する必要性にめざめるのですがそれは「時すでに遅し」なのです。

ムーアは、上記の2つの企業のほかにもIBM、HP、オラクルなど市場での地位を確立している世界的な企業56社を分析し、それらは業績を残しているにもかかわらず、それでもアップル、アマゾンなどと比べ、次の大きな波を捕らえ損ねたのだと結論づけています。

どの企業も自社の新規ビジネス(次の波を捕まえる)を求めながら、既存ビジネスの拡大(次の波に捕まらない)に懸命で、それは市場で確固たる地位があり利益を上げている企業ほどそうした傾向が顕著なのだと。
つまり、確立しているビジネスモデルでさらに利益を追求しつつ、一方では破壊的イノベーションという次の波を捕まえに行くことは、とくにハイテク業界では同時にこの2つの相反する目標に取り組むことの難しさがあります。先の56社はそれをためらったり中途半端におこなったために、次の波を捕らえられなかったのだと。

それには、なにを優先して評価し、経営判断とマネジメントの優先順位をどのようにすべきかという難題がどの企業にもつきまといます。これが「プライオリティの危機」です。例えば、営業職の人たちであれば思い当たることでしょう。既存顧客からさらなる利益を上げながら新規顧客を獲得するという、両方同時に時間と労力を注ぐ難しさです。

本書執筆のきっかけは、4年前(2013年)に『キャズム』第三版を執筆中だったムーアが、セールスフォース・ドットコムを事例に使うため同社のCEOに連絡しました。同社は急成長しているなかで、しかしそれでもスピードと中核事業へのフォーカスの維持、組織内での利害衝突、既存(中核)ビジネスと新規ビジネスの両面などで苦慮していました。

そこで、ムーアは同社に「ゾーンマネジメント」を提案しました。既存ビジネスにとって、そうした環境(次の波を捕まえること、次の波に捕まらないこと)に対応するには2つの視点が必要だと語ります。

第1に、市場で地位を確立している企業が、既存ビジネスの業績を堅持しつつ、新規ビジネスへの資源の最適化するための「ゾーン攻撃」。
第2は、そうした企業が中核ビジネスに対する破壊的イノベーターに対抗できる体制(組織づくり)を推進するための「ゾーン防御」。
この両方をあわせ、「ゾーンマネジメント」と呼びます
そして、レガシー(既存)ビジネスにおける持続的イノベーションと新市場を創出するための破壊的イノベーションと、分離(分割)してマネジメントすべきことの重要性と必要性とを説いています。

4つのゾーン(フレームワーク)とそのマネジメント手法

椅子

次の波を捕まえにいく(攻撃側)のか、それとも次の波に捕まらないように(防御側)するのか、いずれにせよ事業ポートフォリオをマネジメントしていくさいには、なんらかの支援体制が必要です。
「ゾーンマネジメント」の基本的な考え方は、企業活動を4つのゾーンに分割し、各々独自の目標や指標、パフォーマンス向上のための支援体制、さらにそれら4つのゾーンに各々独立したマネジメントを実行することです。

この考え方により、「持続的イノベーション」(既存ビジネスの防御)を行いつつ「破壊的イノベーション」(新規ビジネスの創出)することが可能となると。
それと同時に、企業活動を「収益パフォーマンス」と「支援型投資」とにわけます。つまり、2×2=4ゾーンです。
その4つのゾーンは、以下の通りです。

(1)パフォーマンスゾーン(業績)
(2)プロダクティビティゾーン(生産性)
(3)インキュベーションゾーン(インキュベーション)
(4)トランスフォーメーションゾーン(変革)

上記の4つ各ゾーンのローカル指南書は、ほかの3つに適用してはならないが、企業全体として勝利を手にするには4つのゾーン間でのやりとりも大切ですし、全体を統括することも必要です。
つまり、一言でいうと、各ゾーンは相互には連携しつつ相対的に独立した構造と関係性を保ちながら、攻撃側と防御側の双方をマネジメントしていくことがキーになるということです。

これら4ゾーンの指南のための戦略フレームワークとなるのが、破壊的イノベーションをもたらす「攻撃ゾーン」、その影響を回避するための「防御ゾーン」です。

フォーカスすることの重要性

積み木

破壊的イノベーションに賭ける場合、もっとも重要なことは1つだけを選ばなくてはならないのです。2つでも3つでもなく1つだけだと。そして10年に1度でよいので、その選択した1つを世界最高のレベルにすべきだと。
先述した56社は、「これも、それも、あれも」になってしまったため、結局は次の波を捕らえられなかったのだと分析しています。

ムーアは、アップル社のスティーブ・ジョブズは「これだけ」(1度に1つのこと)を徹底的に実行し、この10年で世界最高のレベルを3度も成し遂げたと。それは、新規ビジネスを1度に1点ずつ「これだけ」を絞り込むことです。ここから、ムーアは「1つのことをやる1つのチーム」という教訓を引き出しています。
ここでもアル・ライズ『フォーカス』を説くマーケティング戦略と同様、焦点を絞り込むことの意義と価値を説いています。
要するに、マルチタスクではなくシングルタスクにせよと。

私には、ジョブズ自身がそうしたことは自覚していたような気がします。それというのも2007年、最初のiPhone発表のなかで以下のように語っています。

「数年に1度、全てを変えてしまう新製品が現れる。それを1度でも成し遂げることができれば幸運だが、アップルは幾度かの機会に恵まれた」

上記の言葉は、アップル社という企業のレゾン・デートルでありジョブズが成し遂げてきたことです。数あるジョブズの言葉のなかで、私がもっとも好きで印象に残っています。

ところで、ICTリサーチとコンサルティングで知られている米フォレスター・リサーチの副社長兼主席アナリストであるジェイムズ・マキヴェイの著書『破壊的イノベーションの次世代戦略』(原題:Digital Disruption、2013年実業之日本社刊)は、次世代の破壊的イノベーション企業の特長は「シングル・タスク企業」であることだと述べています。
こうした次世代企業と競争するには、レガシー企業も同じようにシングルタスクで挑まなければならないだろうと感じます。

さて、ゾーンマネジメントは、年次計画で事業ポートフォリオの意思決定を行います。さらに、どのゾーンのプライオリティがもっとも高く、ゾーン間の連携を緊密すべきかも重要となります。これら4つのゾーンに合致した経営資源の配分(割り当て)を行うときに、「投資ホライゾン」(期間)を指標とします。それは下記の3つです。

・ホライゾン1:翌会計年度の事業投資による回収
・ホライゾン2:2年から3年で投資回収。マイナスのキャッシュフローの中間的期間を経た後に投資回収可能となる。
・ホライゾン3:3年から5年で投資回収。主に研究開発であり、事業による回収はまだ考慮されない。

本書を読む場合、第1章「プライオリティの危機」で、破壊的イノベーションが市場で地位を確立している企業に与える影響の問題、第2章「4つのゾーン」のフレームワークを理解したあと、第8章「セールスフォースとマイクロソフトにおけるゾーンマネジメント」を先に読み、それから第3〜第6章までの各ゾーンの章へと進むことをおすすめします。

それというのも、各ゾーンの章では分析と詳細な解説を尽していますが事例もほとんど記述がないため、そのままでは4つのフレームワークがスッと頭に入ってこないしイメージがわきにくいだろうと思われます。

ですから、2章で4つのゾーンマネジメントの概要を十分に把握したあと、そのケーススタディであるセールスフォース・ドットコム、マイクロソフトの具体的な事例に触れた方が理解しやすいのです。前者は破壊的イノベーターとして(攻撃ゾーン)、後者は破壊される側(防御ゾーン)としてのフレームワークが適用されています。
また、後者と先述の56社をつまずかせた要因から、防御の方が難しいとも述べています。

ロケット

本書は、破壊的イノベーターからの影響を回避し、同時に自社がそれになることを指南するための書です。このもっともリスクの高い次の波を捕らえずに、防御ゾーンマネジメントで既存ビジネスを維持していくという選択肢も考えられないではありません。企業は破壊者として攻撃的に行動すれば利益と株価の上昇をもたらし、被破壊者として防御的に行動すればせいぜい株価の維持だけなのだと。

進展し続ける市場からみれば、現状維持は相対的に後退していくことでありどのみち自ら打って出(破壊的イノベーターになる)ざるを得ないわけで、遅かれ早かれ攻撃側になるべきだという言葉が印象的です。
結局、それは「攻撃は最大の防御なり」という言い古された格言を思わずにはいられません。

一例をあげれば、2004年、IBMがパソコン事業をレノボに売約したとき、大きな波紋を呼びました。2014年ソニーがパソコン事業を売却したとき、残念がった人たちが多くいました。各々Think PadとVAIOという、ともにブランド力の高い製品だったからです。前者は慧眼による経営判断であり、後者は遅きに失した意思決定でした。

ところで、本書はスタートアップ向けに書かれた著書ではありません。なにも失う者がない破壊的イノベーターに、この前提(フレームワーク)は崩れるとムーアも述べています。それでも、本書はそうした人たちにも益することはあるでしょう。
なぜならば、既存企業がそうしたスタートアップに気づいたとき、かれらがどのようなフレームワークで考えどのように打って出る(戦略)のかを逆に予測(想定)することができるからです。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。