『マーケティング4.0〜スマートフォン時代の究極法則』(フィリップ・コトラーほか2名:朝日新聞出版)

著者:梅下 武彦

スマートフォンを触る人々

待ち望んでいたのは、マーケターだけではないでしょう。本書は、コトラー教授のいう「接続性のニュー・ノーマル(新しい常態)」社会における指南書でしょう。
しかし、本書をどのように読むのかあるいは評価するのかは、実はとても難しいというのが私個人の率直な読後感です。

今日、マーケターの業容が激変と拡張し(進化)続けるなか、この『マーケティング4.0〜スマートフォン時代の究極法則』(原題:Marketing 4.0: Moving from Traditional to the Digital、以下4.0)は、コトラー教授からデジタル・ネイティブ社会への提言書といえます。

「マーケティング4.0」のコンセプト「自己実現」(Self-Actualization)が、コトラー教授自身の口から最初に発表されたのは、2014年に東京で開催された「ワールドマーケティングサミット」でのこと。
2010年に発売された前著『マーケティング3.0〜ソーシャル・メディア時代の新法則』(原題:Marketing 3.0: From Products to Customers to the Human Spirit、以下3.0)から、わずか3年あまりのことでした。
「ワールドマーケティングサミット」は、フィリップ・コトラー教授自らが提唱し、2010 年に設立された国際的なマーケティングカンファレンスです。

3.0が発売された年(2010年)、国内の主要ビジネス誌(週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済など)がtwitterの特集を組みました。また、翌2011年にはそれら各誌がfacebook特集を掲載し、両社のその後の普及(利用者獲得)に多大な貢献をしました。日本においても “来たるべき”ソーシャルメディア時代の幕開けとなりました。

これまでにも、コトラー教授の著書は多くのマーケティング関係者には読まれてきました。しかし、前著3.0はこれまでの同教授の著作中ではもっとも広範なビジネスパーソン読者層を獲得したのではないかと思います。

ところで、3.0から4.0発表までのこの期間の短さ(3年)の理由について、2015年の雑誌のインタビューに応じ、4.0の概念は完璧ではなく研究途上であるとしながらも以下のように答えています。

「これまでの企業は一方的に製品をつくり、それを「買うの?」「買わないの?」と消費者に提示していました。しかし、子どもの遊具であるレゴや、かなりのカスタムが可能なハーレー・ダビッドソンのように、企業と消費者が製品・サービスを共創することはできないのかと考えたのがきっかけです。それを通して、なりたい自分になる、自己実現ができるようになれば、それは新しいマーケティングになるのではと考えています。」

「マーケティング3.0」のおさらい

円グラフを持ち寄る人々

おそらくマーケティング関係の仕事に従事しているみなさんであれば、3.0をすでに読んでいることでしょうが、念のためにここでおさらいしておきましょう。

同書は、原著、邦訳ともに2010年に発売され、消費者行動の変化や態度変容によって、「マーケティングのコンセプトを人間の志や価値や精神の領域に押し上げる」人間中心の価値主導が3.0で、協働・文化・精神の3つの要素から構成されると述べました。

2.0までは、企業の都合でマーケティング戦略を立案し、限定されたメディアで情報提供してきました。
それが、3.0になってはじめて消費者の都合に合わせた戦略、多種多様なメディアを通じしかも消費者と直接的なコミュニケーションが可能な時代になったことが大きな転換点だということです。
そうした消費者は、全人的存在としてとらえ精神的充足をも含められねばならないマーケティング思考が必要だと。

3.0の3つの構成要素を、様々なコミュニティに適用、組み込んだビジネスモデルで人間中心の企業を追求(志向)しながら、それでもなお利益をあげなくてはならない企業に対し、その道筋を提供するのが前著での試みでした。
企業の存立基盤が消費者にあり、それが変化したのであれば、それに寄り添って行かなければ、持続可能な企業と社会ーーそれは同時に資本主義経済ーーとしてあり続けることは困難だと。

そして「マーケティング3.0を実行している企業は、より大きなミッションやビジョンや価値を持ち、世界に貢献することを目指している。」と語りました。

「4.0」は、デジタルネイティブ時代のマーケティング

PC、タブレット、スマートフォンを触る人々

本書は、3部構成でその中心は第2部、原著の執筆陣、訳者・監訳者・出版社、まで前著と同様で、そうした点では前著3.0の続編という趣です。

<第1部>では、デジタル社会の3つのトレンドが語られます。
1つは、Fファクター(friends、families、fans、followers)による横のつながり、2つ目は包摂性(調和や協働)、3つ目はコミュニティへの志向性。

そして、これらの要素に基づくデジタルネイティブ(若者=Y、女性=W、ネティズン=N)を顧客基盤(STP)に置くべきことが提唱されます。なぜなら、今日のデジタル経済において様々な文化をつくり出し、影響力のある人たちだからです。

デジタルネイティブな消費者は、ものごころついた頃にはスマートフォンを手にし、大人になってPCを買えるようになってもスマートフォンだけですべてを済ませます。
友人たちとのコミュニケーションはメッセージャーやSNSで、音楽好きでもCDは買ったことがなく、雑誌を読むのもスマートフォン、映像(映画やドラマなど)ですらも。
記録メディア(USBメモリなど)は使わず、ファイルの作成・保存・更新から共有までEvernote、Dropbox、Google Drive、iCloud、Microsoft OneDriveなど、各種オンラインストレージやクラウド環境を利用。

要するに、いつでもどこでもすべて一つのデバイス=スマートフォンで十分だと考えています。しかも、そうした21世紀の消費者は世界の課題についても、20世紀の人たちよりはるかに敏感だと。

このパートの最終章(第4章)で、4.0についてコトラー教授は以下のように定義づけています。

「マーケティング4.0とは、企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を一体化させるマーケティング・アプローチである。」(P76)

「マーケティング4.0とは、企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を統合し、ブランド構築におけるスタイルと内容を融合させ、最終的にはマシン・ツー・マシンの接続性を人間と人間のふれあいで補完することで、顧客エンゲージメントを強化するマーケティング・アプローチである。(中略)マーケティング4.0において、デジタル・マーケティングと伝統的マーケティングは、顧客の推奨を勝ち取ることを最終目標として共存しなければならない。」(P87)

パズル、つながり

<第2部>は、4.0を理解するにはカスタマー・ジャーニーへの理解とその重要性が説かれます。このパートは、きわめて概念的でおそらくマーケター以外の人たちは読んでもわかりづらいでしょう。

ここで、コトラー教授は従来の4Aーー認知(awareness)、態度(atitude)、行動(act)、再行動(act again)ーーのフレームワークに対し、推奨(advocate)を加えた5Aを提唱しています。
ただし、この各段階はかならずしも直線的ではなく螺旋状であったり、スキップすることがあることを指摘しています。

そして「マーケティング4.0の究極目標」として、顧客の認知から推奨に進ませること、その影響力の核として「Oゾーン」を唱えています。
これは、自分自身(own)、他者(others)、外的要因(outer)から構成されます。

さらに、上記5Aのフレームワークに基づいた2つの測定指標を提案しています。

それが購買行動率(PAR=Purchase Action Ratio)、ブランド推奨率(BAR=Brand Advocacy Ratio)です。
これによりマーケティング活動の生産性を向上させることが可能になると説きます。

このパートの最後に、どの産業にも当てはまるカスタマー・ジャーニーの4パターン(ドアノブ型・金魚型・トランペット型・漏斗型)に分けていますが、各々には長所と短所があるのでそれらの長所を統合したパターン「蝶ネクタイ型」が理想的であるとしています。

<第3部>では、デジタル化がより加速し進行しつつある社会では、「マーケターは、マインドとハートとスピリッツを持つ全人的存在として顧客にアプローチする」手法といくつかの施策について述べています。

手法として、デジタル人類学をすすめています。これは新しい専門分野で、3つ(ソーシャル・リスニング、ネトグラフィー、共感的リサーチ)を紹介しています。

ネトグラフィーとは、民俗学(エスノグラフィー)を利用し、オンライン・コミュニティの人間行動を理解する学問。
共感的リサーチとは、コミュニティに深く入り込み、ときには直接面談して対話活動などを実施すること。

そのほか、コンテンツ・マーケティングは、企業やブランドが最終的にはオウンド・メディアを目指していると語り、一貫性あるシームレスな顧客体験を提供するオムニ・チャンネルでは、ビーコン(無線標識)、NFC(近距離無線通信)やRFID(近距離無線個体識別技術)など、センサー技術がオフライン(店舗)での解決策を提供すると語ります。

さらにブランド・アフィニティ(顧客のブランドへの親近感)、ソーシャルCRM、ゲーミフィケーションなどにつても述べています。

そして、「ワオ要因こそが、最終的に顧客を推奨に進ませるのだ。」と語り、それは偶然ではなく戦略的につくり出すことが可能だと結んでいます。

どういう人が読むべきか本なのか

本を持つ手

第1部で語られている4.0の定義に「おや?」と思った人もいることでしょう。本書の中で、「自己実現」という言葉は一度も登場しないのです。
本書で語られていること全体を通じた内容がそれを伝えている、ということなのでしょうか。また、コトラー教授に4.0の示唆となったはずのレゴやハーレー・ダビッドソンの共創についても、本書ではなぜか言及すらないことが私にはどうにも納得がいきません。

本書の「はじめに」で、4.0はデジタル経済のカスタマー・ジャーニーにおける質的変化に対応し、人間中心のマーケティングをどのよう深化、拡大をするべきかについて書いた本だと述べています。

しかし、こういうふうに考えられるかもしれません。
4.0は、各々の価値観(ライフスタイル)を多様なメディアで発信すること、またFファクターなどを通じて潜在的欲求(願望)に気づかせ、企業はそうした人たちに対して常に寄り添い、支援してその欲求を叶えることなのだと。
そうしたことが、コトラー教授のいう「自己実現する」ということなのかもしれません。

冒頭、私が本書の読み方や評価が難しいと述べました。つまりこういうことです。
一例をあげれば、Fファクターという言葉ははじめて目にするのですが、そうしたことはポール・アダムス著『ウェブはグループで深化する』(2012年日経BP刊)が、オンラインでの普通の人々の行動について影響を与えることを述べていますし、私もリアルとオンラインが融解することはこれまでにも繰り返しも述べてきたことでもあります。

ここで語られているYWNをSTPとし、日々最前線で業務に携わっているマーケター、またデジタルマーケティング、ソーシャルメディア(コミュニティ)運営者やテクノロジーに通じている、そうした関連情報に精通しあるいは関連著書(例えば『グランズウェル』、『インバウンドマーケティング』、『アンバサダー・マーケティング』、『シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略』、『<インターネット>の次に来るもの』など)を適宜読んでいる、さらにはテーマ別(例えば、カスタマージャーニー、コンテンツマーケティング、WOMマーケティング、オムニチャンネルマーケティング、ゲーミフィケーション、ソーシャルCRMなど)も理解している人たち、もしそうしたみなさんが本書読んだとき、本書に書かれていることはすでにわかっていることなので、残念ながら「ワオ!」ということはないように思います。

いずれにせよ、数年後、伝統的マーケターや消費者が市場から退場し、デジタルネイティブな消費者が社会の中核に担っている時代には、ここで述べられていること、つまり伝統的マーケティングはデジタルマーケティングに融合され、そのフレームワークがデフォルトとなっていることは確かです。

さて、ではどういうふうにあるいはどのような人たちが本書を読むべきなのでしょうか。

第1に、自分の携わっている業務について、斯界の権威たるコトラー教授が第2部で述べる考え方や視点を概念化、フレームワークとして提示し整理整頓しているので、次世代のマーケターの背中を押してくれ、しかも自分が遂行しているマーケティングについて確認や確信を得るため。
第2に、いまだに伝統的なマーケティング思考から脱却できないマーケター、あるいはデジタル経済にどのように対応すべきなのか迷っているマーケター
第3に、そうしたデジタルネイティブ社会に不案内な企業の経営者層や管理職たち

これらの人たちにとって、本書は良き示唆を与える書となるだろうということはいえるでしょう。

前著3.0を2人の執筆者と協働で著したのが80歳、今回の書も同じ2人との協働執筆です。1931年生まれのコトラー教授はすでに御年86歳。それでも、進化し続けるマーケティングへの衰えぬ探究心と好奇心、情熱には頭がさがります。
さらに進化し続けるマーケティングについて「5.0」を探求して見届けて欲しいと、ご健康とともに心よりお祈り申し上げます。