【書評】『すべては「売る」ために〜利益を徹底追求するマーケティング』(セルジオ・ジーマン:海と月社)

著者:梅下 武彦

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本書も、挑発的なタイトルです。原題は“The End of Marketing as We Know It”(「これまでのマーケティングの終焉」)。これでもセンセーショナルですが、今回の邦題は本書の内容を一言で表すには十分でしょう。

初訳は、2000年にダイヤモンド社から『そんなマーケティングなら、やめてしまえ!〜マーケターが忘れた一番大切なこと』というさらに扇情的な邦題で発売され、版を重ね世界19カ国で刊行されているほどなのですが国内では絶版となっていました。本訳は原著がその後ペーパーバック版となり、それを新たに訳出したものです。

日本において、セルジオ・ジーマンがマーケティングコミュニケーション関係者たち(マーケティング、広告・宣伝、販売促進、広報など)の間でも、どれほど知られ読まれているのか私にはわかりません。著書も3つほどで、一般書店で手軽に入手できるのは現在では残念ながらこの書だけです。

彼の語り口や内容もタイトル同様に辛辣ですが、同時に情熱的でもあり、いずれにしても読んだ人たちのマーケティング観に「ガツン」とくることは確かでしょう。

本書が米国で発売されるや否や、その考え方や手法に納得し共感する人たちがいる一方、批判や拒否反応を示す人たちも多くいました。

初めてを読んだとき、ジャック・トラウトとアル・ライズを思い浮かべました。つまり、ポジショニングをマーケティング戦略の“中核”と明言しているからです。

セルジオ・ジーマンの考え方と戦略は、顧客志向のマーケティング思考に慣れきっている人たちに、彼の語ることはどのように受け止められるのでしょうか。

「20世紀三大広告人」に選ばれているセルジオ・ジーマン

ジーマンのマーケターとしてのキャリアはP&Gから始まります。その後、大手広告代理店のマッキャン・エリクソンに転身し、メキシコではコカ・コーラ、ブラジルではなんと競合のペプシを担当します。

コカ・コーラのマーケティング部門に移ってから、「ダイエット・コーク」の導入、「スプライト」のリ・ポジショニングなどで同社の利益拡大に大きく貢献し、1987年に同社を退社します。

世間一般では、1985年の「ニュー・コーク」でのマーケティング戦略を失敗したことが原因でクビになったといわれていますが、そうではないことを本人自身が本書で語っています。

退社後、コンサルタントとして様々な企業にかかわりますが、そうした中にはマイクロソフトもありました。

1992年、コカ・コーラに請われて97年までの5年間、再び同社のマーケティング部門を統括し率いることになります。

その際、CMO(マーケティング最高責任者)という職能を設け、この名称が広く知られるきっかけとなりました。

2001年には、米タイム誌でデイヴィッド・オグルヴィ、レスター・ワンダーマンと並んで「20世紀三大広告人」にも選ばれました。

また、本書の続編的な“The End of Advertising as We Know It”(これまでの広告の終焉)があり、同書(原著)にはフィリップ・コトラー教授も推薦文を寄せているほどで、2003年には『セルジオ・ジーマンの実践!広告戦略論』(ダイヤモンド社)という邦題で発売されました。

ジーマンは、広告を売る側・買う側の両方での経験をもつ人で、人生のほとんどをマーケターとしてすごしています。私自身もその両方を経験してきたので、似た経験をもつものとして頷ける点も多々あります。

本書は、単純に広告だけではなくPRも含めたマーケティングコミュニケーションの業務にたずさわる人であれば、ここで語られている内容について目を見開かれる人もいることでしょう。

マーケティングは市場をおける戦いそのもの

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ジーマンは、マーケティングの役割は「戦略を定めること」だと語り、本書でマーケティングの目的について次のように語ります。

「マーケティングの目的はたったひとつ。あなたの商品をできるだけ多くの人に、できるだけたくさん、できるだけ何度も買ってもらい、できるだけ多くの利益を上げることだ。」

上記の言葉は呪文のように、その役割や原則、マーケターの使命や務めなどについてしつこいほど繰り返しています。

ここまで言い切る人は希ですが、マーケティングの主要な要素は戦略を策定することで、その限りにおいてのみ顧客との関係性が重要であると。

また、マーケティングは「調査と情報にもとづく科学」であり、必要「経費」ではなく先行「投資」と考えるべきだとも述べています。

ところで、ジーマンは「売上」と「利益」を混同してならず、後者こそ重要だと主張しています。同様に、「儲ける」ことと「稼ぐ」ことも同一視されますが、同じく後者が重要なのです。

例えば、NPOやNGOなどの非営利団体は、「儲ける」ことを目的とすべきではないでしょうが、それでも「稼ぐ」ことは不可欠なことに異論を唱える人はいないでしょう。

なぜならば、稼が(利益)なければ、結局は組織の発展どころか維持していくことすら困難になるからです。

本書の中で、私がもっとも印象的なマーケティング戦略は、競合であるペプシが新製品として発売した「クリスタルペプシ」(透明コーラ)に対抗するために採ったマーケティング戦略です。

それは、コカ・コーラも同じカテゴリ商品(タブクリア)を市場にあえて投入し、そのカテゴリそのもの無力(無効)化させるという戦略です。

それにより、競合の新商品をありきたりで陳腐な商品(タブクリアも含め)と化すことです。これは「タブクリア」で「クリスタルペプシ」と刺し違えて市場から葬り去るという戦略で、実際に両商品とも間もなく市場から消滅します。

この唸るほどの決断に敬服すると同時に、そこまでして競合企業(製品)をつぶしにかかるマーケティング戦略を実行する剛胆さに恐ろしさすら感じます。

上記の例などは、ジャック・トラウトとアル・ライズがいう「マーケティングとは市場での戦いに勝つために、企業が用いる戦略と戦術である。」を、まざまざと見せつけられる思いがするでしょう。

他にも、マーケティングで最も重要な市場でのポジショニングの組み立て方、優秀な人材の集め方や活かし方などについても語っています。

ジーマン自身、現今のマーケティングにおける顧客志向が重要(特に既存顧客との関係性)なことも十分に承知していますが、本書ではむしろそれについては控えめな叙述に終始しています。

ちなみに、上記『セルジオ・ジーマンの実践!広告戦略論』ではPRに関する章もあり、PRは広告のようにコントロールはできないので、企業は専任の広報担当者を必ず採用すること、PRエージェンシー(できれば専業)を適切に選んで任せることを説いています。

ただし、この本も時代的な制約は免れず、実際に人と人が出会い、語り合い情報交換し、お互いの距離を少しずつ縮めて理解し、つながりを深めながら信頼を築くことをオンライン上で実施するSNSなど、ソーシャルメディアなどについては、刊行された当時(2002年)の状況から当然ながら言及はされていません。

ジーマンによる「あるマーケターの告白」

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本書で、CMは単にイメージづくり、CMを制作して賞をもらうこと、派手なプロモーションで単に認知(注目)されることではなく、消費者に商品を実際に買わせて利益を上げることこそがマーケティングそのものと一貫して主張しています。

こうした考え方は、今日においても広告人たちのバイブルとなっているデイヴィッド・オグルヴィ著『ある広告人の告白』(1964年刊行)も、同じようなことを語っているように感じます(私が20代のころ、初めて読んだ広告に関する本で、当時はダヴィッド社刊)。

オグルヴィも、クリエーターが賞をもらうような誘惑に勝つ必要があると。

すなわち、「キャッシュレジスターを鳴らさない広告に価値はない」という考え方がありました。

そのオグルヴィが当時に語っている内容は、今でも古びてはいません。「10項目を満たす広告」あるいは「広告会社とつきあう15のルール」など、その“広告”という文字を“PR”に置き換えたとしても十分に得心できる内容です。

さて、ジーマンによる本書の最後では、広告会社とのつきあい方、「28のマーケティング原則」にまとめるなどし、また内容自体も「私個人の冒険」談が詰まっている点までもオグルヴィと同じで、本書はまさにジーマンにとって「あるマーケターの告白」という趣の著書です。

さて、前回の本、今回の本も時代を超えて読み継がれています。両書ともそうなのですが、こうした著者たちの述べていることはそのとおりだとかそのメッセージが正しいということを、私は伝えたいのではありません。

いずれにせよ、これらの著書を読むことで普段の仕事の中での考え方や業務の進め方について再考あるいは確認し、ヒントや示唆となることができればと思っているのです。それは、私自身がこうした様々な書から、実務経験で得ること以上に多くの恩恵に与ってきたからです。

これは余談ですが、ジーマンも本書の中でつねに「なぜ」と問うことの重要性を以下のように強調しています。

「マーケティングにおいては、科学と同様、理由を知ることがきわめて大切である。「なぜ」がわかれば、「なに」を「どうやって」作るべきかも、はるかにわかりやすくなる。」

一方、消費者には「なぜあなたの商品を買わなければならないのか」の理由(W-H-Y)を提供し続けることが重要だとも説いています。

「ソーシャルメディア再考。もう一度「Whyから始めよ!」」でも述べましたが、やはり「なぜ」とつねに問うことが重要なのです。

さて、みなさんが本書を読んだあと、共感を感じるでしょうかあるいは拒否反応を示すでしょうか。