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【書評】減速思考〜デジタル時代を賢く生き抜く知恵(著者:リチャード・ワトソン/徳間書店)

「未来学者」たちの著書が話題で、どの著作もベストセラーとなった時代がかつてありました。

さまざまな業種や業界のビジネスパーソンの間で大きく注目され、数多くのメディアが未来学者の言説を取りあげたり、ビジネス誌では特集が頻繁に組まれて書店には特設コーナーが設けられたりするなど社会現象を巻き起こしました。

それら著書が続々と刊行されたのは、アメリカでは1970年代、日本では1980年代だったように記憶しています。

なかでもダニエル・ベルジョン・ネイスビッツアルビン・トフラーハーマン・カーン4人はつとに有名で、その名前を耳にするあるいはその著作に直接触れた人がいるかもしれません。

マーケターであれば「プロシューマー」という言葉をご存じでしょう。これはトフラーが『第三の波』(1980年刊)のなかで使用した言葉で、これ以後にマーケティング業界で定着しました。

21世紀の今日、未来について語るのは旧来からのそうした未来学者ではなくAI研究家のレイ・カーツワイル(『ポスト・ヒューマン誕生:コンピューターが人類の知性を超えるとき』など)、テクノロジーに通じたジャーナリストのケビン・ケリー(『テクニウム:テクノロジーはどこへ向かうのか』など)、あるいは21世の哲学者として注目されているマルクス・ガブリエル(『なぜ世界は存在しないのか』など)です。

【書評】減速思考〜デジタル時代を賢く生き抜く知恵(著者:リチャード・ワトソン/徳間書店)

今回紹介する『減速思考〜デジタル時代を賢く生き抜く知恵』の著者のリチャード・ワトソンは、21世紀の未来学者です。

21世紀の「未来論者」ーー著者について

著者のリチャード・ワトソンは、英国生まれで、「未来論者」と称されているとのこと。

原題は“Future Minds: How the Digital Age is Changing Our Minds, Why this Matters and What We Can Do About It. ”で、そのまま邦訳すれば「未来の思考(あるいは知性):デジタル時代は私たちのマインドをどのように変えつつあり、なぜこれが重要で、それについて私たちにできること。」です。

デジタル時代にはいったい何が起きているのか、私たちに何ができるのか、あるいはどうすべきなのか。そうしたことの意味や今後の行方を問うための考え方や議論、示唆を読者に提供するために本書を著したのだとワトソンは述べています。

著者プロフィール項目によると、ワトソンはStrategy Insight社の共同設立者です。同社は企業の長期的な戦略策定を行うコンサルティング企業としてIBM、マクドナルド、ヴァージングループ、イケア、トヨタなどの世界的な企業を顧客にもち、さらに彼自身は講演と執筆活動もこなしています。

ワトソンは、これまでに5冊の著作があり、本書は前作“Future File:A Brief of the Next 50 Years” (未邦訳)の姉妹編ともいうべき位置づけの2冊目の書です。彼の著作のうち、これまでに邦訳された著書は、残念ながら本書だけです。

その未来予測の手法は、いわゆる「シナリオプランニング(思考)」と呼ばれるもので、現在の状況における各事象やさまざまな現象、その相互の内的関連を立体的かつ構造的に把握して精査し、将来を予測しながら企業の長期的で柔軟な戦略とその妥当性を検証または立案するものです。

本書は、第1部では、デジタル(DX)化社会の現状、とくに子どもたち(ティーンエイジャー)への影響と教育(学校、過程など)の重要性について焦点が当てられています。第2部は、デジタルネイティブ社会において考えることの大切さ、そのための時間や空間を確保する必要性について語ります。第3部は、深く考えるための10の方法、未来の知性の行方などについて述べています。

「スクリーンエイジャー」の登場

図書館で勉強している学生達

老若男女を問わずスマートフォンを肌身離さず携帯し、その画面(スクリーン)にほとんど向き合っていることに時間を費やしている今日、ワトソンはそれを「スクリーン文化」社会と呼んでいます。

デジタルテクノロジーの進展と日常化は、私たちのあらゆる思考と態度、行動に大きな変化をもたらしています。

デジタル社会の変化は激しく、情報の早さと多様性、続々登場する新しいテクノロジーに遅れまいと思いながら、実際にはそれらに追い立てられています。デジタルやそれによってもたらされる情報に付いていこうとすればするほど、逆に私たちはデジタルに翻弄あるいは支配されているのだともいえるのです。

「デジタル礼賛」の一方で、「デジタルダイエット」や「デジタルデトックス」という言葉もあるほどで、デジタル環境を離れて本を読むあるいは考えをめぐらす、そして書くことに没頭できる時間は、今日ではむしろ贅沢で貴重な時間のすごし方になりつつあります。

小学生の低学年さらには幼稚園児ですら、スマートフォンを所持している時代です。なかでもティーンエイジャーはデジタルネイティブ世代という呼称が頻繁に使われますが、ワトソンはそれを「スクリーンエイジャー」と呼んでいます。

「○○ながらスマホ」といわれる今日、「○○」にはさまざまな行動や生活態度が含まれており、スマホと常時接続による生活は集中力の欠如や注意力の散漫、マルチタスクの弊害などをもたらします。ここのところさまざまな分野の科学者たちが見解を示したり著書に記したりするなど、私たちの思考(知性)に与える影響について、ふれる機会も多くなっています。

なかでも都市圏は、街中の大型ビジョンだけではなく、電車内、駅構内の壁面や柱はもとより転転落防止のホームドア、店舗に入ればスーパーの陳列棚、コンビニのレジ周りといたるところで多種多様なデジタルサイネージのスクリーンに囲まれたDOOH(デジタル屋外広告)生活にさらされています。

あらゆるものがデジタル化した社会は、私たちにどのような変化や影響ーー人びとの考え方(脳や知性)ーーを与えることになるのか。

ワトソンは、各国の政府やシンクタンク、さまざまな分野の科学者たちが発表した調査やデータ、研究成果をもとにデジタルによるスクリーン文化が、私たちの思考にどのように作用しているのか多方面から述べています。

故スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツが、自分の子どもにはスクリーンタイム(視聴時間)を制限している話しは、多くのメディアでも取りあげられたのでよくご承知でしょう。

「思考」の行方

スマホで電話しながらPCを操作する赤ちゃん

とくに幼いころからスマートフォンの常時接続にさらされることで、その思考(知性)への影響について、脳科学者、神経医学者、認知学者、発達心理学者などが懸念を表明しています。

内省をうながすよりは、すぐに反応を求められているのがデジタル社会の特長でもあるからです。

『スマホ脳』という本が話題でベストセラーになるほど、学者だけではなく一般の人たちも現在のスクリーン社会(常時接続とデジタル環境)とがもたらす今後の行方に興味や関心が高いことをしめしています。

スマートデバイス(スマートフォン、パッド類)を持ち歩いていることで、わからないことがあればすぐにその場で検索できる、または撮影して記録できる便利さがある一方、簡単に情報をアクセスできることから自分で調べるあるいは考えることがおろそかになり、また覚える必要もないのでいつでも検索で必要な情報を呼び出せばよいという感覚に慣れきっています

それは思考力や記憶力を、脳の外部装置に預ける(依存する)ことになります。

一例をあげれば、スマートフォンのGPS機能はとても便利です。見知らぬ場所を訪れるとき、目的地(住所)さえ入力すれば現在の自分の場所を表示して経路(最短距離)までも提示してくれます。かりに道順が複雑であっても、GPS機能のおかげで目的地へたどり着くことが可能です。

一方で、道順を記憶しないあるいは忘れてしまってもよいという結果となり、必要であれば再びGPSに頼ればよいのです。そうした経験はおそらく誰にもあることでしょう。

それは、スクリーンを確認しながら目的地へたどり着けるということで、周辺の環境なども頭にいれておくというこれまでの方法を必要としなくなっています。

今日、道路事情に通じたはずのタクシーの運転手でさえ、GPSがなければ行き先にたどり着く道順がわからないほどです。

こうしてすべてをデジタルスクリーンに依存している社会では、万が一電波障害や停電などでスマートデバイスが利用できなくなったとき、常にデジタルによる接続環境で仕事や生活をしている私たちは脆い存在です。社会が大混乱に巻き込まれても、私たちはなにもできなくなり生活も立ちゆかなくなることは不可避です。

ワトソンは、記憶力が創造性への源泉であると述べています。

「ひらめき」は、脳の奥深くに眠っている情報が、なんらかの「きっかけ」で突然浮かび上がることを指しています。未分化・未整理のままに保存されている情報同士が、それまでまったく関連性がなさそうに思えたのにもかかわらず、「いきなり」脳内のシナプス(神経回路)が交配することで発見されるのです。まさに「点と点がつながる」状態といえるでしょう。

記憶は、それと気づかずに発酵していることもあります。最近の研究では、思考の停滞は頭頂葉への強いストレス(ガンマ波)と関連性があり、これは情報過多がそのひとつの要因として指摘されています。

また8時間睡眠は根拠がないといわれていますが、睡眠時間が6時間以内だと記憶の安定性やそれによる学習が起こりにくいという睡眠科学者の研究成果を紹介しています。

私たちはどうすべきか

スマホがたくさん入ったカゴ

第3部では、「忙しい病」を患っているデジタル生活人への処方箋を語ります。

ブレイクスルー(イノベーション)思考は、セレンディピティの産物が多いことは知られています。

ワトソンが独自にアンケート調査を実施したところ、最高のアイデアが得られるのは職場以外の場所、たとえば友人や仲間など他者との交流、入浴中、散歩の途中、電車などでの移動時間など、リラックスしているときという回答がもっとも多かったそうです。

本書の構想や内容も、ワトソンがビジネスで移動する飛行機のなかで考えたとのこと。

会社での会議より、その後の飲み会などで良いアイデア思いついたりした経験は、ビジネスパーソンならだれでもきっとあるでしょう。

テレワークがより進展しつつある今日、そうした直接コミュニケーションをとる時間が減っていることも、喫緊の課題として指摘されています。

またワトソンは、オフィス空間のデザインの重要性についても述べています。米国のグーグルの20%ルールや遊び心に満ちたオフィス環境はとくに有名です。

最近では日本のスタートアップやベンチャー企業でも、旧来のようなデスクを効率的に並べただけのオフィスではなく、気軽に気分転換やリラックスできるオフィス環境が散見されます。つまり、オフィス内に「第三の場所」(レイ・オルデンバーグ)の疑似空間を用意している企業が増えています。

ワトソンは、さらに次のように述べています。

“また、独創性を育む組織を望むなら、見るからに独創的な人びとを集め、つなぎとめなくてはならない。普通なら大企業にはいないような人材を少なくとも数人は引きつけ、他の社員とは少し違った存在でいられるような環境を与えなくてはならない。”

ますますデジタル化が加速して情報や変化のスピードに流されつつある今日、どのようにして深い思考を実現すべきか。創造性を発揮したいと願う人たちにむけ、「ゆったりとした時間の流れの確保」(スローフロー)として、以下の10の項目をワトソンはすすめています。

下記のことがすべてではありませんし、けっして特別なことを実行する必要性はないのです。

1.時間や空間の確保
2.なにごとも貪欲に吸収する
3.アイデア日記をつける
4.先入観にとらわれない
5.浴室を活用する
6.辛抱強くなる
7.抑制しない
8.失敗を受け入れる
9.問題を共有する
10.仕事から離れる

ちなみに「5」は、スポーツジムでトレーニングしている時間がワトソンにとってリラックスできる時間だという。

上記のほかの項目についてもいえることですが、デジタル(スクリーン)を離れてその人にとってリラックスできる時間と空間に身体をおくことが重要なのです。

すぐれた洞察力(たとえば、ドラッカー)とは、深い思索がもたらすものなのです。

本書で取りあげている事例や成果は、ひょっとして杞憂なのかもしれません。しかし、デジタルネイティブ社会が、人間の成長と知性の発達にどのような結果をもたらすのかは、数十年たってみなければ本当のことはわからないともいえます。

ここのところAIが現在の労働者の仕事の大部分を奪う(いわゆる(シンギュラリティの問題)と喧伝されていますが、それにかわって新しい職種や労働形態を社会が産み出すことは、18世紀の産業革命でも実証済みですしおそらくはそうした考え方も否定できないでしょう。

つまり、AI(セマンティックウェブ)や量子コンピューターが日常的になったとき、問うべきはデジタルテクノロジーが人間よりも賢くなる日はいつ来るのかではなく、逆にそれによって人間の知性が退化あるいは劣化してしまうことになるのかということです。

テクノロジーに振り回されないためにさまざまなテクノロジー操作に通じることも大切ですが、それらとの「付き方」のほうがずっと重要なのだと私は以前にも述べました。

本書は、ICT社会に囲い込まれた時代ーー私のいうDigital Ambient Societyーーに生きる私たちにとって一読する価値があり、少し立ち止まって(スクリーンから離れて)ワトソンの提言に耳を傾ける必要があるように感じます。

本書は、おそらく多くの人たちの手に取られることがなかったのだろうと思います。もし、多くの人たちに読まれたのであれば、この「未来論者」のほかの著作もきっと邦訳されていたでしょう。

英語力に自信のありワトソンに興味のある人は、原著でほかの著書を読むとよいでしょう。

梅下 武彦
梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。