【書評】独自性の発見(著者:ジャック・トラウト、スティーブ・リブキン/海と月社)

Date: 2019.08.05
Category: 広報/PR全般
Written by: 梅下 武彦
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マーケティング戦略についての考え方は、ここ数十年のテクノロジーがもたらす急速な進展と変化の激しさ、さらには対応すべき業務領域も複雑に拡張し続けその重要度が増している現実に直面していることについて、異論をとなえる人はおそらくいないだろうと思います。

こうした大激変や大転換にかかわらず、常に考え続けられている中核的なテーマがあります。顧客、ブランディング、差別化などです。顧客やブランディングについては数多くの著書が刊行されていますが、それらと同様に重要であるにもかかわらず、差別化に関する本は極めて少ないのです。

私は、マーケティング戦略の「本質」を市場における競争優位性の確保と維持にあり、そのコアとして“differentiation”がもっとも重要だと考えていることもあり、本ブログ書評の最初で『ビジネスで一番、大切なこと〜消費者の心を学ぶ』(2016年:ダイヤモンド社)を取り上げました。

今回ご紹介するジャック・トラウトの主著『独自性の発見』こそ、その“differentiation”をテーマにしたバイブルともいわれている著書で、もし1冊だけマーケティングに関する本をだれかにすすめるとしたら、私でしたら本書を選びます。

そこで思い起こされるのが、クリステンセン教授のイノベーションの「技術」についての考え方です。教授は、『イノベーションのジレンマ〜技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』以下のように述べています。

“本書で言う「技術」とは、組織が労働力、資本、原材料、情報を、価値の高いサービスに変えるプロセスを意味する。”

イノベーションについてテクノロジーのみで考えるのではなく、広くさまざまな経営資源を対象として扱っています。

トラウトのマーケティングにおける「独自性」の考え方も同様で、製品やサービスだけに限定していません。トラウトの視点とクリステンセン教授のそれとは、通底するものがあるのではないかと、ここで気がつかれた方もいることでしょう。

したがって、マーケティングやコミュニケーション戦略の担当者だけではなく、経営者やマネジメント層、製品開発やR&D部門などもふくめて多くの人が既読であろうことは重々承知なのですが、いまだからこそあらためて本書を取り上げることにしました。製品やサービスが溢れ情報過多で超弩級の過剰(トラウトの言葉)社会にあって、日夜この差別化に悩んでいる人たちも多いはずです。

今回の書評ではつい最近、私に起きた独自性がもたらした出来事から実感したこともあり、再読して備忘録として書き残しておくことで、みなさんにもしもなにがしのヒントや気づきを提供できる記事とすることができれば嬉しく思います。

トラウトによる「集大成としての著書」

ビジネスプランのイメージ

トラウトは、現在では差別化は以前よりもはるかに難しくなっていると指摘しています。市場が成熟化しているなかで、どうすれば本当に製品やサービス(ブランド)を「際立たせる」ことができるのか、それに悩んでいた私に本当の差別化とはなにか、その考え方や着眼点、それに基づく戦略について大きな示唆があったのが本書なのです。

それというのも、本書中に「差別化による独自性」という言葉を発見しーー原著を読んでいないのでわかりませんが、おそらく“uniqueness”か“distinctiveness”ーー、いわゆる差別化と独自性とは同じではないということに気がつかされたのです。

本書は、最初の刊行時(原著:2000年、邦訳:2001年『ユニーク・ポジショニング〜あなたは自社の「独自性」を見落としている』ダイヤモンド社)以降、インターネット社会の急速な進展に対応してアップデートをほどこした増補改訂版(原著2008年、邦訳2011年刊)で、ザッポスやiPhoneの成功からブロガー(インフルエンサーなど)によるPR(クチコミマーケティングなど)まで網羅されています。

本書の全26章(300ページ)のうち、第1〜第8章までは、現在までのマーケティング戦略における課題、それはトラウトが差別化にはつながらないとイエローカードを出している顧客志向、品質管理、低価格、品揃え、広告戦略などについて様々な指摘があり、ここまでの章を読みすすみながら、上記の課題に直面しているマーケティング担当者、経営者やマネジメント層の人たちまでもが頷くに違いありません。

第10章〜第19章(半分の約150ページ)で、「わたしたちが30年かけて展開してきた差別化のプロセス」による独自性確立10の手法について、下記のように各章ごとに解説していきます。

第10章:差別化①「ポジショニング」と「フォーカス」の徹底
第11章:差別化②「一番乗り」を射止める
第12章:差別化③「特色」を模索する
第13章:差別化④「業界」のリーダを目指す
第14章:差別化⑤「伝統」で勝負する
第15章:差別化⑥「専門性」を磨く
第16章:差別化⑦「みなに選ばれている」をアピールする
第17章:差別化⑧「製法」にこだわる
第18章:差別化⑨「最新」で差をつける
第19章:差別化⑩「ホット」で注目を集める

ここで提案されている10の手法は、製品やサービス、技術力などはそれぞれの企業の経営資源、産業、業種や業界の事情や状況によっても異なりますし、どれが最適解なのかは一概には断言することができないだけではなく、上記の10手法について本ブログ上で要約的にでも紹介するだけの余裕はありません。各自が本書にてご確認をいただければと思います。

ただ私がお伝えするべきことは、差別化というのは、製品やサービスの機能などだけではなく企業それ自体、そのもっている技術、デザインやパッケージなどの製品開発から、広告・プロモーション、PRなどのコミュニケーション戦略、流通や販売手法などもふくめ、差別化の着眼点には広い視点から望む姿勢が重要だということなのです。

トラウトは、“商品の違いだけで差別化するのは至難のわざだ。”さらには“実際に差別化に成功した商品やサービスはどんどん減っている。”とまで述べていますが、しかし“やる気さえあれば、差別化の方法は必ず見つかる。”と以下のように指摘しています。

“企業や商品の独自性を印象づける方法はたくさんある。大事なのは、違いを発見すること、そしてその違いを使って顧客に魅力を感じてもらうことだ。”

そうしたことにかかわらず、共通していながらもっとも重要なのは「差別化①「ポジショニング」と「フォーカス」の徹底」です。コトラー教授も「革命的コンセプト」と称賛したトラウトとアル・ライズ共著『ポジショニング戦略』(原著初版:1981年)以降も数多くの著書を著しているトラウトにとって、この『独自性の発見』は集大成的な書だと私は思っています。

本書のなかで数多く取り上げられている企業や事例はほとんどが米国のものなので、読む人はよく知っている製品や企業がある一方、聞いたことがないものも多く扱われているので馴染みにくいと感じる人もいることもいるでしょう。

しかし、大切なことは事例ではなく、戦略における視点や発想を知るあるいは理解することなのです。本書からヒント、気づきや示唆を得ることが目的です。

熱心な人であれば、きっとなんとか業務に役立てようと、国内市場にあてはめて似たような事例を探し出すことで、さらに独自性への理解を深めることが可能でしょう。

例えば、ネーミングやキャラクターを使った差別化の事例、またCSRを戦略的に取り込んだ独自性などは、手法としては取り上げられていませんが参考になるでしょう。それは、自社製品やサービスにそのものに独自性を発揮させるというよりも、コミュニケーション戦略において市場で「際立たせること」ができるからです

“differentiation”=「差別化」ではない

アイディアとインスピレーション

上記の英語をマーケティング戦略の文脈で語る場合、一般的には「差別化」と訳されています。

故スティーブ・ジョブズが、アップル社に復帰する2年ほど前の貴重なインタビュー映画『ロスト・インタビュー スティーブ・ジョブズ 1995』(2013年に日本公開)で、ウインドウズ95とのOS競争で苦境に立たされているアップル社の状況に触れ、彼が発した“differentiation”という言葉には、やはり「差別化」という訳が字幕で表記されていました。

しかし、この英語を「独自性」、「際立たせる」あるいは「識別化する」という言葉として理解すると、かなり違った印象を受けるのではないでしょうか。

この“differentiation”という言葉をどのように考えるのか、それには2つの視点があると私は考えています。

1つには、これを「(競合他社に対する)差別化」とするならば、その視点の基準はその競合他社にあることになります。2つには、「(競合他社にかかわらず)独自性」とすれば、それはその人自身のうちにあるのです。つまり、その企業自身の弱みと考えていることが、独自性という視点からは強みに転化するということもありうるのだということです。

しかしながら、差別化はより易しく多くが採用する戦略です。どこも同様な発想やそれに基づく戦略を取ろうとするので、結局は差別化の追求が同質化を招くことになります。

一方、独自性はだれでもが取ることは難しくアップル社やダイソン、かつてのソニーなど成功する企業はけっして多くはないことからも、その困難さはすぐに理解できることです。そのためには、さまざまな経営資源、市場の受容性(タイミング)にも恵まれときには偶発性(運)左右されること、加えてそのための時間とコストも必要となります。

それでも、トラウトは次のように述べています。

“独自性を打ち出すときはできる限りシンプルな、見てすぐに理解できるかたちにして、あらゆるメディアを使って何度も何度も伝えなくてはならないことがわかるだろう。マーケティング担当者は「独自性」にこだわり続けなければいけない。”

「独自性」の難しさ

難しい顔をしているビジネスマン

上記で述べたように、なぜ「独自性」と考えるほうが難しいのか。それには2つの理由があります。

第1に、自社で苦労して独自の製品開発や市場を創出するよりも、自社のささやかな差別的要素(機能やサービス、価格など)を付加した製品を市場に投入するほうが、まったく新しい製品などで市場を創出するあるいは勝負するよりも戦略的に採用しやすいからです。

しかし今日では、どのような企業(競合)も「それなら、我が社も」と同じように考えるので、あっという間にコモディティ化してしまうのだと著者は語ります。

これについては、競争戦略の大家であるマイケル・ポーターの戦略論に通じている人であれば、彼も同様なことを指摘しているということにお気づきでしょう。

第2に、戦略思考によるポジショニングが判断(意思決定)しやすいからです。市場動向を分析し、いわゆる四象限に基づいた論理的な戦略的ポジショニングマップを導きだし、開発段階から差別化を可能とすることもできるからです。

この点で忘れてはならないことがあります。それは、こうした戦略を採用するときに外部に依頼するコンサルティングファームや広告代理店が提案するマーケティング戦略が、必ずしもその企業にとっての最適解とは限らないということです。

とくに企業あるいはマーケティング部門として独自性のための戦略を意思決定しても、それが広告などのコミュニケーション戦略にそのまま反映されえない(クリエイティブ志向の誘惑)ケースがあること、それに埋もれさせないよう十分に留意する必要があるとトラウトは注意をうながしています。

こうした点に関連し、この2月に【書評】『ドラッカー全教えーー自分の頭で考える技術』(ウイリアム・A・コーエン:大和書房)でも述べていることなので、ご興味のある方はあわせてご笑覧を願えればより一層理解を深めることができるでしょう。

PR業務に携わっている人たちには、「第19章:差別化⑩「ホット」で注目を集める」は多くの示唆があるでしょう。

ホット(流行りや話題性)であることを喧伝するには、マスメディアやクチコミを活用する場合にはとても重要なポイントです。しかし今日の流行は、明日には時代遅れになるかもしれません。マスメディアはホットに貢献もしてくれるのですが、その座から引きずり下ろすこともあるのだと忠告しています。

これについては、私が3D仮想世界のベンチャー在籍時に身をもって経験したことです。

クチコミについては「第24章:クチコミの正しい活用法」に詳しいので、ソーシャルメディア業務担当者には参考となるでしょう。これは「第15章:差別化⑥「専門性」を磨く」とも関連しますが、専門性は必ずしも技術分野のスペシャリストや高度で知的な専門職に限りません。趣味やきわめて個人的な興味によるものもふくみます。そうしたことが、今日のソーシャルメディア時代においては、コンテンツとしてむしろ生きてくることについては以前にも述べましたので、あわせてご笑を覧願えればヒントにしていただけると思います。

ほかにも、独自性で成長している時に陥りやすい罠(第20章:「成長」に潜むワナ)トップ(経営者、CEOなど)みずからがいかに関与すべきかを説いた最終章(第26章:「優れたトップはどこが違う?」)まで、どの章にも示唆や啓発にみちています。

トラウトの著書は、どれも整然とした理論的かつ体系的に著されてはいないことから、批判的な人もいますが、常に具体例を示しながらときにはそれらについてやや辛辣な語り口も交え、私たちに気づきやヒントを与えてくれます。しかも、あらゆる産業と業種の多種多様な製品やサービスの具体例が、驚くほど数多く取り上げられています。

先述したように、“differentiation”を独自性という視点から考えることは易しいことではなく、それを実施するとなればさらに困難です。しかしそれを避けるあるいは怠れば、いずれは「惨敗」が待ち構えているとトラウトの言葉が印象に残ります。

本書は、独自性についてさまざまな視点、気づきと示唆を提供してくれます。

マーケティングコミュニケーション業務にたずさわる関係者だけではなく、製品やサービス開発(R&D)、営業職、さらには多様な働き方(フリーランス、複業、パラレルワークなど)が進展しつつある今日、ビジネスだけではなく個人として読んでも大きなヒントが詰まっていると確信しています。

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