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【書評】『フェイクニュース〜新しい戦略的戦争兵器』(一田和樹:角川新書)

ソーシャルメディアは、個人や企業・組織などを問わずに情報収集とコミュニケーション手段として、検索と同様にその利用はもはや日常化しています。「つながり」、「共感」、「絆」という言葉とともに、期待(希望)と便益が歓迎されたのはむかしのような気がします。

フェイクニュース。これこそ今日のソーシャルメディアを象徴する言葉です。

それは大いなる兵器となりつつあります。グーグルだけではなく、フェイスブックやツイッターなども、フェイクニュース対策を強化することを発表していますが、フェイクニュースをソーシャルメディア上で拡散されるただのニセ情報(うわさや風聞、デマ、ウソから捏造まで)、そうした流言飛語のたぐいとだけ捉えているとしたら、事態を軽く考えていることになるでしょう。

【書評】『フェイクニュース〜新しい戦略的戦争兵器』(一田和樹:角川新書)【書評】『フェイクニュース〜新しい戦略的戦争兵器』(一田和樹:角川新書)

この新書は、各種レポートなどを紹介しながら世界的な規模で進行しつつあるフェイクニュースによる情報操作、世論工作(誘導)などはその国における社会問題にとどまらず、米仏の大統領選挙が象徴するように国際社会(国家間)をも揺るがし、軋轢を生むほどのサイバー兵器として強化されつつあり、しかもそれがビジネス化している実情について語られています。米オンラインメディア“Computerworld”のMike Elganによる「フェイクニュースで変わりつつあるネットの姿」(前)という記事では、すでにフェイクニュースが一大産業になりつつある現実を記者が書いているほどです。

著者の一田和樹は、異色のキャリアの持ち主です。1998年に日本初のサイバーセキュリティニュースサイトを設立したという人で、その後はいくつかのICT企業のセキュリティでのコンサルタントを経て、現在では小説家に転身してカナダのバンクバーに居を移しています。著者が本書を著したのは、このテーマに関して著作は増えているが、世論操作やハイブリッド戦などに言及し、世界ではもはや安全保障にかかわる問題として取り組んでいるにもかかわらず、そうした視点で書かれている書がないからだと述べながらジャーナリスティックな語り口で綴られています。

全5章で構成され、1章は2016年の米大統領選挙、ロシアのフェイクニュースの歴史、第2章はフェイクニュースのタイプ、ネット世論操作の4つの類型。第3章は、世界48カ国で展開されているネット世論操作の状況とその対策。第4章では、アセアン諸国の現状。第5章で、日本の動向について述べています。

米仏の大統領選挙とフェイクニュース

投票のイメージ

フェイクニュースは、2016年に注目を浴びた言葉です。それは、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが立候補して争った、2016年のアメリカ大統領選挙で広く知られるようになりました。トランプ陣営の勝利を支援するために、サイバー攻撃やソーシャルメディアを使った米国の世論工作が行われ、それにロシアの諜報機関が関与しているという問題です。これについては、CIAとアメリカ国家安全保障会議(NSC)もその事実を認めて調査中で、米国での調査経緯についてはときおり日本のニュースで目にした人も多いでしょう。

翌2017年のフランス大統領選挙、中道派のマクロン候補と極右国民戦線のルペン候補の選挙期間中にも同様のことが起こりました。ルペン候補を勝利に導くためにソーシャルメディア上にフェイクニュースが溢れ、国民が混乱に陥りました。このとき、フランスを代表するリベラル派の日刊紙『リベラシオン』がファクトチェックする専門チーム(デザントクス)を設立し、フェイクニュースとの攻防が展開され、そのときのドキュメント取材はNHK-BSスペシャル「“フェイクニュース”を阻止せよ〜真実を巡る攻防戦〜」(2018年)をとして放送され、大きな反響を呼びました。

この取材番組の最後に、このフランス大統領選挙を混乱に陥れたフェイクニュースの黒幕(発信源)がついに明らかにされますが、それはトランプ大統領を支持する米国人の右派ジャーナリストを自称する人物が、極右国民戦線のルペン候補を勝利に導くために関与していたことが判明します。その事実を知って、誰もが驚愕しました。

2008年、米国のオバマ大統領の誕生にはソーシャルメディアが大いに貢献して一挙に注目され、国民が社会変革のための草の根メディアを手にした勝利だと讃えられましたが、それからわずか8年後の2016年、トランプ大統領誕生にはその同じソーシャルメディア上を賑わすフェイクニュースに国民が操作や誘導、それも他国の干渉からアメリカやフランスの社会を混乱させるメディアに変質してしまった事実を私たちは知ることになります。

意図せざるもと意図せるものが瞬く間に逆転する、それが現在のテクノロジーの世界です。

ロシアとフェイクニュース

ロシア国旗がついたキーボード

本書ではいくかの事案でロシアに言及され、あたかもフェイクニュースの中心として暗躍していることが述べられています。それには理由があります。ロシア軍の参謀総長ゲラシモフによるドクトリンには、ロシアは「ソビエト連邦は核兵器競争では負けなかったが、西側の世論操作で崩壊した」と認識しているからです。そうした歴史的な教訓があるからこそ、ロシアはサイバー攻撃やネットを利用した世論工作にとくに熱心なのです。

ところで、編集者でありTEDフェローのオルガ・ユルコヴァは、フェイクニュースの氾濫を食い止めるため、彼女とジャーナリストたちがStopFake.orgを立ち上げました。彼女によれば、2014年にロシアに強制併合されたウクライナは、ロシアのフェイクニュースに4年間も苦しめられているということで、ロシアがフェイクニュースを使って世論工作に熱心なことがうかがえます。

しかもロシアやアメリカでは、すでにフェイクニュースを専門とするPR企業まで存在しているということに驚きますし、インドネシアなどでもそうしたシンジケートがあり、多額の広告収入を得ていたとのこと。

また個人でフェイクニュースサイトを運営する人たちは、最初は軽いジョークのつもりではじめても、世間が話題にしたり騒いだりすることが面白くなり、さらには広告収入など得るようになることでより巧妙なフェイクニュースへと過激になっていく例が多いと語られています。

キーワードの「ハイブリッド戦」とは

パスワードのハッキング

NATOとEUが、2017年にロシアの隣国フィンランドのヘルシンキに設立した「欧州ハイブリッド脅威対策センター」では、「ハイブリッド脅威を多数のサイバー攻撃とフェイクニュースを利用して、世論を操作し分断する情報工作」と宣言されています。

本書でキーワードとなる「ハイブリッド戦」、それは「軍事兵器だけではなく、国家のあらゆる活動を兵器化する戦争である。経済、政治、宗教、文化あらゆるものを兵器とし、相手国を支配し、操るために用いる。戦線布告もなく、多くの攻撃は通常の活動との区別もできない。」ことで、この言葉を理解せずにフェイクニュースを語ることはできないとまで著者は述べます。

こうした事情は、現在の中東諸国も同じです。「アラブの春」での市民によるデモからそれまでの政権が次々と将棋倒しとなったという事実を経験に、これら中東諸国の現政権では体制維持にとって都合がよい情報を流すことで、むしろ国民を巧みに統治する術を手に入れたという記事を読みました。

本書でも、東南アジアの諸国では体制(政権)側がフェイクニュースを利用し、メディアの言論統制を狡猾に行っていることが述べられています。本書で扱われていませんし私自身が事情に通じているわけではありませんが、中南米やアフリカでも私たちが知らないだけで似たような状況にあることでしょう。

ところで、MITメディアラボとツイッター社が協力し、過去の全ツイートを対象に調査をした結果、ウソは事実よりも速く広く拡散するということが判明しました。しかも、フェイクニュースは拡散速度や範囲、コスト面において検証情報(ファクトチェック)より優位であるということは否定できません。つまり、単純化していえば、コンテンツとして考えた場合、善意や事実よりも嫌悪やウソが強いということになってしまうわけです。

なぜこうしたことになってしまうのかといえば、つながりによる共有という問題とは別に機能的識字能力の低さがあります。これは、文章は読めるがその内容(意味)を正確に理解(判断)できないという文章読解力の欠如があるからだと著者は述べています。わかりやすい例をあげるならば、「情けは人のためならず」という言葉は本来、人のためではなくだれあろう私のためであるという意味ですが、それを情けは人のためにはならないと解釈してしまうようなことです。

日本の現状

日本地図のビジネスイメージ

日本でも、フェイクニュースはトランプ大統領の発言としてニュース記事にされることが増えました。しかし、国家の安全保障にかかわる重大な問題という認識は薄いように感じます。

ヘイトスピーチの社会問題化、外国人労働者の増加、周辺国(韓国や中国)の緊張など、日本でも今後はフェイクニュースによるより大きな社会的な混乱がないとは断言できません。第2章で紹介されているフェイクニュース4類型の脆弱性のすべてが日本には揃っており、空気を読む傾向あるいは忖度が強い国民性に著者は憂慮を示しています。

日本についてもいくつかの個別事例をあげていますが、とくにエアランゲン=ニュルンベルク大学(ドイツ)のファビアン・シェーファー博士が2017年に発表したデータによる、2014年の衆議院選挙期間中のツイート分析の結果から判断して、著者自身は確証を得るにはいたっていないがと断りながらも、日本でもネットによる世論操作は私たちが気づかないうちに行われている可能性を指摘しています。

著者の懸念は、現状のままだと日本はフェイクニュース大国になってしまうということです。 “我々は日々当たり前の日常を過ごしているように考えているが、実は大きく社会は変わりつつある1日なのだ。気がついた時には、全く異なる社会に生きていることになるだろう。”という著者の言葉が印象に残ります。

「意図せざる」こと、「意図せる」ことの違い

スマートフォンと炎

つながりあるいは絆という言葉とともに希望をもって語られていたソーシャルメディア。現在ではそうした文脈で語られる状況は影を潜め、むしろ現実には負の部分が露わになりつつあります。プライバシー問題や情報漏洩、最近ではアルバイトなどによる不適切な投稿がニュースで頻繁に取り上げられ、バイトテロと呼ばれていますしメディアで取り上げられるソーシャルメディアに関するニュースといえば、さまざまなネガティブな記事を目にすることが多くなっています。

しかし、そうした不適切な投稿による炎上とフェイクニュースは次元が異なります。

前者は、そもそも「意図せざる」ことから騒動になります。新人(社員かバイトかを問わず)を含め、社員研修において社会人としての振る舞いとしてソーシャルメディアポリシーの周知徹底はもはや不可欠な時代で、つまりメディアリテラシー以前の問題です。それは企業努力いかんで防止することができます。

後者は、「意図せる」ことです。しかも、政権が言論統制や支配権強化のため、さらには他国への干渉やオンラインで群集心理を煽動して社会を混乱に陥れるため行為で、しかも国際的な大規模で行われます。

今日は、「ソーシャル分断社会」という言葉を耳にすることもあります。この言葉は、国民の対立が先鋭化し社会が分断されている事態を示しています。それは、民族、宗教、言語、文化、階級などさまざまなレイヤーで頻発しています。冷静な考え方(判断)より、社会全体が感情化しそれに世界的な共振が発生しているという印象は、現在の世界情勢を見わたせば誰でもが納得することでしょう。こうした状況に、ソーシャルメディアがそうした分断を助長しているのだともいわれています。

その兆候は実は以前からありました。2011年、イーライ・パリサーにより広く知られるようになった言葉「フィルターバブル」です。これは、フィルタリングとパーソナライゼーションが「見たいものを見て、信じたいものを信じる」という思考を形成しつつあることについて語った書です(拙記事「【書評】セレンディピティや多様性が失われ、「類は友を呼ぶ」だけの世界になってしまうのか?ーー『閉じこもるインターネット』」を参照)。

しかし、私たちが注意しなければならないのは、社会の分断は以前からあったのですが、それが露わになって可視化され強化されただけに過ぎず、ソーシャルメディアそのものが原因でもそのせいでもないということを理解しておくことです。

本書は、フェイクニュースがソーシャルメディア上での悪戯や愉快犯によるもの、不適切なバイトテロという感覚や考えですますことはできずーーそれはそれで喫緊な問題には違いないのですがーー、世界的にはもはや国家の安全保障にかかわる重大な事案、国際社会における他国への干渉と主権を脅かすほどの大きな事態だということを、私たちは理解しておく必要があるのです。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。