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【書評】マーケティングの教科書〜ハーバード・ビジネス・レビュー 戦略マーケティング論文ベスト10〜(ダイヤモンド社)

本の装丁

シンプル、なんの変哲もないそのタイトルは学生や入門者向けのテキストのようですが、内容はむしろ実務経験が豊富なビジネスパーソン、とくにマネジメント層(上級者)を対象にしたものです。

それというのも、本書は経営とマーケティング戦略において世界でもっとも有力な米ビジネス誌で日本でも月刊誌として刊行されている『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)で、本ブログの読者のなかにも“サブスクリプション”している人もきっといることでしょう。

本書には、これまで同誌に掲載されたマーケティングに関する論文から、厳選された10本が収められています。
マーケターだけでなくすべての部門ーー経営者、営業、商品開発、宣伝、広報、研究開発などーーを読者対象としています。

マーケティングは、その専門部署だけに任せるにはあまりにも重要すぎるという、ヒューレット・パッカードの有名な卓見(いまとなっては警句)、あるいはドラッカーの「企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」(『マネジメント』第1章)という言葉こそ、今日の企業活動においてだれもが否応なしに実感せざるを得ない状況です。

つまり、マーケティングを理解しないということは、イノベーションを理解しないに等しいといったら、私の表現がすぎるでしょうか。しかし、今日の私たちがそうした環境に身をおいているのは厳然たる現実なのです。

【書評】マーケティングの教科書〜ハーバード・ビジネス・レビュー 戦略マーケティング論文ベスト10〜(ダイヤモンド社)【書評】マーケティングの教科書〜ハーバード・ビジネス・レビュー 戦略マーケティング論文ベスト10〜(ダイヤモンド社)

米HBR厳選による10章のマーケティング・レッスンズ

本書は、米HBR掲載のマーケティングに関する論文のなかから厳選された10本が収められています。

マーケティング界の重鎮であるフィリップ・コトラー教授、セオドア・レビット教授をはじめ、マッキンゼー、ベイン、ボストンコンサルティングなどの世界的なコンサルティングファームによる第一級の内容です。

これら10本は、HBRに2000年以降に発表(原文)されたものばかりですが、唯一の例外がレビット教授の「マーケティング近視眼」で、同論文は1960年に書かれたものですがいまだに語り継がれ、さまざまに引用されているほどです。
これはドラッカーについてもいえることなのですが、視点と洞察力、自分自身で深く思索する力量がいかに重要かということを私たちに教えてくれます。

厳選された10本の論文

収められている10本(章)は、下記です(目次詳細)。

<第1章>営業とマーケティングの壁を壊す:コトラーほか2名(2006年)
<第2章>セグメンテーションという悪弊:クリステンセンほか2名(2005年)
<第3章>マーケティング近視眼:レビット(1960年)
<第4章>マーケティング再考:ローランド・ラストほか2名(2010年)
<第5章>顧客ロイヤルティを測る究極の質問:フレデリック・ライクヘルド(2003年)
<第6章>「つながり」のブランディング:デイビッド・エデルマン(2010年)
<第7章>ブランド評価の新手法:ケビン・ケラー(2000年)
<第8章>ブランド・コミュニティの神話:スーザン・フォルニエ(2009年)
<第9章>女性の消費力が世界経済を動かす:マイケル・シルバースタインほか1名(2009年)
<第10章>法人営業は提案力で決まる:ジェームス・アンダーソンほか2名(2006年)

本ブログでは、上記の全てに立ち入って紹介するだけの余裕はありませんし、読者各自で興味や関心の対象も異なるでしょう。

したがって、詳細は本書を読んでいただくとして、ここでは私が確認したり気づきや示唆を得たことだけを述べるだけに留めますので、その旨ご了解とご承知いただきご笑覧くださるようお願いを申し上げます。

眼鏡とペンと書類

<第1章>立ち読み)は、マーケティングと営業の乖離を解消し、両部門の協業が全社的な貢献可能なベストプラクティスを提案しています。

かつて、米国でも営業を支援するのがマーケティング部門の目的とされていたのは日本などと同様ですが、今日では両部門が反目するようになりました。

その理由は、マーケティングの業容がSTPCRMなどさらにはテクノロジーの進展も加わり、拡張(高次化・複雑化)し続けながら経営戦略とのかかわりを深めることで、同部門の発言権をより強めてきたことと関係があります。同部門は、米国では経営戦略そのものにもっとも強く影響するからです。

本章では、IBMが両部門の関係を改善するために「チャネル・インプルーブメント」という営業とマーケティングを統合した組織を新設したこと、そのほかの企業などの調査を踏まえていくつかの提言を行っています。
そした両部門の発展を4段階のフレームワークとして示しています。また、企業規模や業種によってマーケティングはさまざまであり、両者の関係と強化さらには発展させるため、自社がどのような状況にあるのか判断するための指標、それにもとづいて統合をするためのチェックリストなども提言されます。

ただし、こうした営業とマーケティング部門の関係の改善、連携、統合を遂行することがすべての企業に当てはまることを望まないだろうし、そうすべきとも限らないことも注意を促しています。

<第2章>は、クリステンセン教授らが「ジョブ理論」をはじめてHBRに発表した論文で、12年後の昨年『ジョブ理論〜イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』として結実して刊行されました。

本論文(2005年)では、マーケターだけに任せると“いかにもありがち”ーー市場シェア、競合分析、デモグラフィックス、サイコグラフィックス、ライフスタイル別などの属性分析ーーな方法からしか提案がされず、それは購入の可能性を少しは高めるかもしれないという一縷の望みがあるだろうが、企業の視点や都合からであって真に消費者のかたづけたいジョブの解決にはつながらないと指摘しています。

本論文では、下記の3つについて簡潔に述べています。

1.市場セグメンテーションの原則を再構築する方法
2.顧客が一貫して価値を見いだす商品開発の手法
3.収益性と持続性ある価値の高いブランド

1は、考えるべきは顧客単位ではなくジョブ単位であること。
2は、顧客が真っ先に利用する商品で、「パーパス(目的)・ブランド」と呼んでいるものについて。
3は、ブランドを破壊しないブランド展開として2つの方向性(垂直軸→水平軸)をどのようにするのかがケーススタディで語られています。

プロセスフローチャートと決定

<第3章>は、この論文が発表されたのはもう半世紀以上も前(1960年)ですが、いまだにレビット教授の視点は有効性を失ってはいません。同教授は、残念ながら2006年に81歳で亡くなっています。

レビット教授は、コトラー教授のいう「製品中心の1.0」の時代にすでに顧客中心の考え方を展開していました。そうした意味ではドラッカーと同様に慧眼だったといえるでしょう。

同教授は、日本ではコトラー教授ほど知名度も高くありませんし著書も寡作(原著で5冊)だった人で、『マーケティング発想法』(邦訳1971年刊)、『発展のマーケティン』(同1974年刊)、『マーケティングの革新』(同1983年刊)などはすでに絶版で、現在でも入手可能なのはHBRに寄稿した全論文25本を収録した『T・レビット マーケティング論』1冊だけとなっています。

個人的には、是非とも海と月社に新訳での復刊を期待したいところです。

<第4章>は、所収論文の中ではもっとも新しい(2010年)1本です。「カスタマー・エクイティ」(顧客資産)という新しい概念を導入した著書(2000年)が邦訳されたこともあります。

今日ではほとんどの企業がCRMを重視してさまざまなテクノロジーを導入して顧客対応しているのですが、そうした企業が顧客の深耕より製品のマーケティングを優先している限り状況改善の見込めないと指摘しています。

本論では、製品マネジャー志向と顧客マネジャー志向との違いに言及し、多様な選択肢が用意されている今日、後者こそが顧客支援のための組織のあり方だと説きます。
長期的な顧客リレーションシップ最優先に考え、マーケティング部門の再構築も含めた全社的な戦略の見直しと組織的な構造改革の必要性を説いています。

<第6章>は、世界的なコンサルティングファームのマッキンゼーのプリンシパル(日本では副社長に相当する役職)による論文です。

ここでも、これまでのマーケティング部門の考え方や戦略さらに組織体制は、もはやその有効性も実効性も失っていると述べています。

マーケターは、長らく「じょうごモデル」(マーケティングファネル)で顧客との関係構築を語ってきたのですが、このモデル自体が経済合理性にもとづくものである点を指摘しています。今日では、行動経済学の発達により消費者の購買行動が合理的な意思決定(選択)をしないことは、よく知られています。

消費者は、多くのチャネルを通じて様々なブランドと接触してあれこれと品定めをし、購入後はそのブランド体験をソーシャルメディア上で情報(褒めたりけなしたり、人にすすめたりやめるように意見したり)として発信することが日常的な社会です。

つまり重要なことは、顧客接点で“交流する”うえで最適で何にもっとも影響を受けるのかを知ることがマーケティング戦略上の最大の課題です。

本論文では、3大陸およそ2万人の消費者の購買意思決定の調査・研究から、4段階ーー検討→評価→購入→享受・支持・きずなーーを導きだし、それを「消費者の購買意思決定の旅」=Consumer Decision Journey(CDJ)というフレームワークとして紹介しています。

ネットワークとコミュニティ運営者

<第8章>は、コミュニケーション戦略で今日もっとも重要な選択肢ともいわれているコミュニティ・マーケティングについての論文です。

ソーシャルメディアならびにコミュニティ運営者は、この論文から多くのヒントや示唆を得ることでしょう。
著者のフォルニエは、ボストン大学スクール・オブ・マネジメント准教授で専門はマーケティングで、「ハーレー・オーナーズ・グループ」の戦略諮問協議会の委員を務めたほどの人です。

1983年、倒産の危機に瀕していたハーレーダビッドソンは、その後劇的な復活を遂げるにさいしてコミュニティが重要な役割を果たし、今日ではブランド・コミュニティ成功の代表的なケースとして語られるほどです。
著者は、30年におよぶ経験から一般的な「7つの神話」と現実について指摘し、教訓と設計原理、効果を発揮するためのアプローチについて提唱をしています。

今日、多くの企業が顧客ロイヤルティ、マーケティングの効率化、ブランドの信頼性を求めてコミュニティ構築に熱心ですが、ほとんどの企業はそれが何でどのような役割(機能)を担うべきか、大いに誤解していると述べています。

コミュニティ戦略は、部門間の壁を超えて全社的な意思で取り組まなければならないし、企業としてのそれまでの価値観と組織体制を含めてすべてを見直すだけの大胆さが必要であるし、またコントロールすることを放棄し、コミュニティ内の対立すら全体の一部として受容できるだけの覚悟がなければならないと説いています。

論文を読む3つの効用

本を持ったビジネスマン

さて、こうした論文を読むことの意義と価値はどういうところにあるのでしょうか。私自身の経験から述べれば、それは下記の3点にあると判断しています。

(1)バラバラな知識や情報を整理と体系化
だれでも、実務経験で得た考え方や業務上で発見した点などがあります。そうした知識や情報は頭の中に詰まっているでしょう。しかし、それらは必ずしも整理あるいは体系化されているわけではありません。

日頃の仕事に忙殺されていますし、そうしたものをまとめるにはかなりの時間を費やす必要があります。
そうしたことを、こうした論文の著書たちが代わってまとめ上げてくれているのです。しかも、様々な企業の事例もありより理解を深めるコトができます。

(2)最新のマーケティングの考え方を仕入れる
今日、新しい考え方、新しいテクノロジーがマーケティングに激変をもたらしています。次々と革新的な発想や手法でマーケティングの革新が要求されていますし、そうしなければ市場での他社との競争、顧客との良好な関係性構築が難しい社会です。

すなわち、常に最新の知識(フレームワークなど)や情報(事例にもとづく成功例や失敗例などを含む)を学ぶことが求められています。

(3)これまでのマーケティング業務の確認、これからのマーケティング戦略に取り組む姿勢が学べる
これまで業務遂行してきたなかで、いくつもの成功もあれば失敗もあるでしょう。そうしたことを振り返り、その原因や理由を考える作業も大切です。

さらに、今後のマーケティング戦略の見直しあるいは継続など、どのようにすべきかなどに資する知見を提供してくれるのがこうした著書です。

私自身のこれまでの長いマーケターのキャリアを振り返ると、マーケティング思考の形成においてはこうした著書から多大な恩恵を受けてきました。それは、今後とも変わることはないだろうと思っています。

本書は、様々な部門のマネジメント層を対象に書かれた論文ばかりですが、実務経験が豊富でない人たちにも是非とも一読をおすすめする次第です。

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梅下 武彦
コミュニケーションアーキテクト(Marketing Special Agent)兼ブロガー。マーケティングコミュニケーション領域のアドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。広告代理店の“傭兵マーケッター”として、さまざまなマーケティングコミュニケーション業務を手がける。21世紀、検索エンジン、電子書籍、3D仮想世界など、ベンチャーやスタートアップのマーケティング責任者を歴任。特に、BtoCビジネスの企画業務全般(事業開発、マーケティング、広告・宣伝、広報、プロモーション等)に携わる。この間、02年ブログ、004年のSNS、05年のWeb2.0、06年の3D仮想空間など、ネットビジネス大きな変化の中で、常にさまざまなベンチャー企業のマーケティングコミュニケーションに携わってきた。