【書評】『ピーター・ドラッカー マーケターの罪と罰』(ウィリアム・A・コーエン:日経BP社)

著者:梅下 武彦

パソコンとグラフ

「私がもし現代マーケティングの父であれば、ドラッカーは現代マーケティングの祖父と称されるべき」
本書の冒頭でコトラー教授はこう序文を寄せています。
しかし、そのドラッカーは、残念ながらマーケティングについて、まとまった著作を著すことはありませんでした。

一般的には「現代経営学あるいはマネジメント父」として、ビジネスパーソンでドラッカーの名前を知らない人は、おそらくいないでしょう。

国内でも数多くの著作と公式サイトも用意され、代表作を集めた著作集(『ドラッカー著作集全15巻』)、さらにはドラッカー学会も存在します。ドラッガーは経営学やマネジメントの創始者として日本の経営者層からも絶大な支持を集め、いまだその人気が衰えることはありません。彼の著作を座右の書としている人も大勢います。

最近では、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」読んだら』(通称『もしドラ』)の大ベストセラーのおかげもあり、若い人たちの間でも人気となってあらたな読者も獲得しています。

しかし、ドラッカーは経営者やマネジメント層だけのものだけではなく、マーケターにとっても示唆に富み、啓発されることを本書が証明しています。

この本を読むと、ドラッカーの卓越したマーケティングパースペクティブとその慧眼に驚嘆し、マーケティングビジョナリだったことが深く理解できます。
本書は約400ページの厚さですが、最後までまったく飽きさせることなく様々な示唆の詰まった内容です。

原題は、ずばりDrucker on Marketingです。

“ドラッカー理論の伝承者”ウィリアム・A・コーエンとは

本書は、ドラッカーに薫陶を受けたコーエンが、約40冊の著作、数百におよぶ論文、そのほか講演・講義や発言などから、マーケティングに関するドラッカーの深い洞察、啓示に満ちた文章や言葉を丹念に集め、ドラッカーが「経営とビジネスの基本的な機能であるマーケティングについて発見し、信じ、推奨してきた概念や原理を1冊の本にまとめた」内容となっています。

コーエン自身、少しユニークな経歴の持ち主です。
米国名門ウエストポイント陸軍士官学校出身で、同校で経営学の学位を取得。その後、シカゴ大学ビジネススクールでMBAを取得。さらにクレアモント大学院大学(ピーター・ドラッカー・スクール)で、ピーター・ドラッカーに直接教えを受けたという人です。

コーエンは、同スクールの経営幹部向け博士課程の最初の卒業生で、現在では同大学院の顧問委員に名を連ね、『ウエストポイント式仕事の法則』『ドラッカー先生の授業』『ドラッカー先生のリーダーシップ論』『プラクティカル・ドラッカー』のようなマーケティング戦略、リーダーシップ論などに関する著書が邦訳されています。

今回の本を出版するにあたり、コーエン自身は「マーケティングに関するドラッカーの提言と格闘」したとまで語っています。まさに“ドラッカー理論の伝承者”のような存在です。

「マーケティング・ビジョナリ」としてのドラッカー

ANALYSIS

1950年代、マーケティングという言葉は、米国でもたんに販売の“気取った言い回し”に過ぎないと認識されていた時代。
ドラッカーは『現代の経営()』(原著:1954年、邦訳:1965年ダイヤモンド社)において、マーケティングについて以下のように述べています。

「マーケティングは事業全体を完全に包含する。それは最終成果の観点、つまり顧客の観点から見たビジネスのすべてである。それゆえマーケティングに対する配慮と責任は企業全体に浸透していなければならない。」

その卓越したマーケティングへの視点と洞察をもつドラッカーは、折に触れては頻繁にマーケティングについて発言や言及を繰り返していますが、彼自身はそれについては体系的あるはまとまった著作を1冊も残しませんでした。
それらは、断片的であちらこちらの著書に散在しています。

1)「マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。」(『マネジメント<エッセンシャル版>』)
2)「ビジネスには二つの機能しかない。マーケティングとイノベーションである。」(同上)
3)「われわれはこれまで数百年にわたって、コミュニケーションを上から下へと試みてきた。しかし上から下へでは、いかに懸命に行おうともコミュニケーションは成立しない。」(同上)
4)「企業目的の定義は一つしかない、それは顧客を創造することである。」(『現代の経営』)
5)「真のマーケティングは、顧客から出発する。」(『経営者の条件』)
6)「マーケティングとは全員の仕事である。顧客と関わりをもつもの全員の仕事である。」(『非営利組織の条件』)
7)「自らの製品、サービス、プロセスを自ら陳腐化させることが、誰かに陳腐化させられることを防ぐ唯一の方法である。」(『ドラッカー365の金言』)

上記のメッセージ(言葉)のいくつかは、少なからず耳に、また目にしたことのある人が多いでしょう。特に7)などは、通常のマーケティングでは教わらないことです。また、マーケターが犯しやすい戦略上の陥穽など、鋭い指摘がされています。
これらは、今日では当然の考え方(常識)と受容されていますが、語られた当時(30〜60年前)にはどれも革新的な考え方で、今日のマーケティング環境をあたかも予見していたかのような言葉で綴られています。

ですから、コトラー教授でさえ「ピーターの著作や発言にはマーケティングと顧客についての至言があふれている。」自伝の中で語るほど、マーケティングに関してもドラッカーに敬服しているほどなのです。

かつて、GEのジャック・ウエルチは同企業を再生するためにドラッカーにアドバイスを求め、同社を再生へと導いたエピソードはよく知られています。
もし、ドラッカーがコンサルティングファームを起こしていたら、世界的な企業に成長していたことでしょう。
しかし、ドラッカーはそうしたことには興味はなく、彼自身の矜恃としても起業して儲けるようなことは決してしませんでした。

ビジネスマン徒歩

本書で語られていることは、時代の風雪に耐え、社会状況に翻弄されて陳腐化することのないマーケティングへの透徹したまなざしと思考です。

ドラッカー思想(思考)の中核をなしているのは、すべては「顧客創造」のためにという考え方です。「ビジネスを決めるのは顧客」また「ただのモノを財に変えるのは顧客」、品質すら顧客が決めるとも述べています。
この視点は、イノベーションやマネジメントはもとより、企業のレゾン・デートル(存在意義と価値)そのものの根幹です。

断片的ではあっても、マーケティングについての様々な分析や思考、述べていることは一貫しています。ドラッカー自身、それらを「マーケティング観」(marketing view)と呼んでいます。
コーエンは「我々はマーケティングを機能と呼ぶかもしれないが、ドラッカーはもっと広い意味で、基本的なコミットメントとして、あるいは、ものの大きな見方として捉えていた」と明確に語ります。

こうして語られていることは、今日においても不変な本質あるいは原理(principle)へのよどみのない言説(メッセージ)であり、その観点からマーケティング哲学とも讃えられるべき内容で、21世紀の今日の企業(経営)戦略にCSRとともにその“骨の髄まで”取り入れるべきです。
もしマーケティングを企業戦略ではなく哲学として取り入れるとすれば、それはドラッカーしかないだろうと私には思えます。

マーケティングだけではない優れた知見

執筆

ドラッカー哲学の教え(考え方や視点)、その概念はマネジメントやイノベーションだけにとどまらず、マーケターたちすべてにとって重要であると私は判断しています。
なぜならば、マーケティングこそが市場を開拓して顧客を創造し、企業に利益をもたらす源泉だからです。

本書を読むと、ドラッカーから発せられた数々のマーケティングについての知見は、もはや古典と讃えられるべきだと確信します。
先のブログでも述べましたが、私自身、マーケティングの基本についてはアル・ライズとジャック・トラウトの著書から多くの気づきやヒント、学びを得ています。したがって、私のマーケティングにおける思考やフレームワークは、この二人に多くを負っています。

しかし、もしかりに若いころドラッカーを読んでいたならば、間違いなくドラッカーをいの一番に挙げていたでしょう。
マーケターにとっても、間違いなくメンターあるいはグルでもあるドラッカーの言葉は、それほど創見に満ちインスパイアされ、手元において繰り返し読むべき1冊だろうと思います。

そして、あらためてドラッカーの著書はすべてを読みたくなります。
ドラッカーのマーケティング思考は、いわゆる小手先の「すぐに役立つ」(ノウハウ)ものではありません。しかし、「一生役に立つ」ことだけは確かです。
コトラー教授も「マーケティングは1日あれば学べる。しかし、使いこなすには一生かかる」あるいは「成功するためのマーケティングの正解は、一つではない」と語り、80歳を超えても「いまだにその興味は尽きない」とさらに探求し続けています。

本書は、全体を通底しているトーンからこの邦題になったのでしょう。しかし、月並みですがやはり原題のようにシンプルなタイトル(例:『ピーター・ドラッカー マーケティング原論』など)にすべきだったように感じます。